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天に向かって真っすぐ伸びた綾杉の森。綾杉は杉の女王だ。太さはまちまちだが、どの幹もきれいにまん丸。美しい間隔を保って整然と立っている。

 

ここが、野中優佳さん(28)の仕事場だ。黒い防護服にオレンジ色のヘルメット、チェーンソーを2台抱えて悠然と、山道を登っていく。熊本県の最北端、山鹿市鹿北町にある野中家は、100年以上続く山主(山の所有者)だ。先祖代々、木を育て、山を守り、木材生産を行ってきた。優佳さんは5代目。株式会社ゆうきの代表取締役でもある。

 

「チェーンソーは4.5kgほどですが、父の仕事を手伝ったころは重くて、持って山を登ったり、作業することができなかった。でも、いまでは2台でも平気です」

 

樹齢100年を超える巨木を見上げてそう言った。

 

林業が斜陽産業になって久しい。手間ひまかかる、後継者がいない、生業として維持できないなどの理由から、山主であっても、伐採や管理を林業従事者に依頼する家がほとんどだ。林業をまったく知らない山主も少なくない。そんななか山主が自分で林業を行う“自伐林業”を続ける野中家は、珍しい存在だ。

 

林業家が木を伐る(間伐)のは、残した木の成長をよくするためと、伐った木を売るためだ。たくさん間伐したほうが当然、利益になる。ところが、野中家では3月から8月までは間伐をしない。この時期の杉は地中の水をどんどん吸い上げ、幹の表皮が柔らかい。伐った木が倒れて当たると、生きている木の皮がむけ、傷ついてしまうため、あえて間伐しないという。

 

「私は、木を伐るとき、その木に手を触れたり、抱きついたりしています。『伐らせていただきます』という気持ちです。いくら忙しくても、それだけはやりたい!」

 

優佳さんが山を守ると腹をくくったのは、10代の夜遊び生活から卒業した21歳のときだった。それから、猛然と林業の勉強や林業研修という制度への参加をし、22歳で会社を設立。父・直行さんも社員の1人だ。会社経営について素人だった優佳さんは、最初は父に給料を払えなかったほど苦労したという。

 

しかし、負けず嫌いの優佳さんはこう言った。

 

「山のために、大型機械を導入しない。木のために、バイオマスに興味を示さない。そんな私たちに、ほかの林業従事者は『まぁ、頑張れ』『やってみたらいいよ』と、冷ややかです。それが悔しい。まだ、何も動かせていないということだから。私は、『あいつら、ヤバいな』と煙たがられる存在になりたい。そうして、山を守る重要性をもっと広く伝えていきたいんです」

 

田中翔さん(32)は、株式会社ゆうきの3人目の社員だ。優佳さんとは林業研修の同期生。会社立ち上げ前から交際していた。そんな彼の目から見ても、優佳さんは特異な存在だった。

 

「研修員のなかでは21歳と最年少で紅一点。付き合う前から会社を立ち上げる話を聞いていて、驚きました」

 

優佳さんは、田中さんの隣で言った。

 

「彼は私をメンタル的に支えてくれていた。彼がいなかったら、どうなっていたんだろうと思う」

 

生活費を稼ぐため、田中さんはオンライン英会話のバイトをし、2人で弁当工場へ夜勤のバイトに行ったこともある。そうやって会社を持ちこたえるうちに、少しずつ会社の仕事が増えだした。昨年は男女2人ずつ、4人が入社し、チームを組んで下草刈りや間伐、植林も請け負えるように。4人中3人が、移住者で、みんな志を持っている。2人の女性は43歳と37歳。1週間、チェーンソー研修を受け、林業の世界に飛び込んできた。

 

「女性だけのチームを作りたいですね。力仕事は男性にはかなわないけれど、女性は丁寧に植林してくれる。気遣いや周りを見る力は、女性のほうがあると思うんです」

 

会社設立から6年。まだまだこれからだが、将来性は小さくない。ゆうきは、山を壊す方向に突き進む日本の林業を正す救世主になる可能性を秘めている。このコロナ禍で、経済優先の価値観では未来が見えなくなってきた。そんないまだからこそ、優佳さんのような女性の出番なのだ!

 

「女性自身」2020年7月21日号 掲載

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