■「松之助」NY進出は失敗に終わったが、一回り以上年下の米国人男性と再婚
60代で憧れのNYを目指した。
就労ビザを取得し、苦労して店を開くための資格を取った。準備に1年近くを費やし、ようやく始めたNY店だったが、賃料が高く毎月赤字に。2年で撤退する。
「結果はともあれ、満足でした。辛酸もなめましたが、落ち込んでいたら自分の人生、暗くなるだけ」
NYに店を構えたころ、友人のガーデンパーティでウクライナ系アメリカ人と出会った。キーウ出身のイーゴ・キャプションさんだ。
最初はメールをやりとりするだけの友人で、あるとき「あなたの性格を一言で言ったら?」と質問すると「貧乏と痛みとかゆみは相当、我慢できる」と返ってきた。
「面白い表現しはる人やなぁと思いました。ものにこだわりがなく、海と雪山を見ていたら幸せな人。質素倹約を旨とし、10$のスニーカーで満足で、自然を愛し、好きな人とその日一日を大事に楽しく暮らしたい。そんな人です」
平野さんが体調を崩して、少し吐いたことがあった。彼はとっさに両手でそれを受けてくれた。
「弱みをさらけ出していい人がいるんだと感激しました」
NY店を畳んだころ、友人関係から一歩進んだ。
「1つ扉を閉めると、次の扉が開く。2つのことは同時には手に入らないということでしょうか」
60歳で人生はシナリオどおりに進まないと痛感し、何歳で何をしようと計画したり、年齢を数えることをやめていた。だから、イーゴさんが一回り以上年下だと知ったのは、かなり後のことだったが、イーゴさんも同じ考え方だった。
「年齢はジャストナンバー。ただの数字。それより相性が大事」
いつしか彼と共に歩くからこそ知り得る初めての世界が、より鮮明に輝いて見えた。
知り合って5年たった2017年2月に結婚。市役所の市書記事務局で、結婚許可証をもらい、再び出向いて結婚式を挙げ、結婚証明書をもらう。それがNYでの結婚だ。
「結婚証明書をもらいに行く日は、2人ともスーツ姿の正装で、朝一番に出かけました。受け付けナンバーが1で『幸先いいじゃない』と心が弾みましたね」
母の再婚に、息子は、
「よもや、相手が幸せにしてくれる、と思うなよ。自分が相手といることに幸せを感じるのなら、それ以上相手に望むなよ。学習してください。母上さま」
娘からは、
「楽しんで人生を送ってね。いまを大切にね」と、それぞれに思いがこもったエールが送られた。
「母が94歳で亡くなって、最近、母の言葉を時々思い出すようになりました。最初の結婚のとき『人には添うてみよ』と言われ、父と姑に従うだけの母のような人生は送りたくないと思いましたが、今なら母の真意がわかります。
添うとは従うことではなく、相手の辛さ、苦しみ、悲しみを感じ受け止めること。そう思えたのは夫の格別な気遣いに触れたからです。
幸せならそれで十分。イーゴと一緒にいて少しでもいい人間になれたらいいなと思います。この結婚は全うしないと、と思います」
60歳で年齢は数えないと決めた今の彼女の人柄は、シンプルながらも味わい深いアップルパイのよう。重層的であるのに軽やかで、一度会えばサクッと人を虜にしてしまう。
その生き方が作り出す味が、ファンを引き付けてやまないのだ。