■謝罪なき企業対応と進まない調査 母が抱え続ける20年消えぬ無念
「どうしても、助けられた命、防ぐことができた事故だと、悔いが残るんです。あれから20年がたとうとしている、いまでも」
正子さんは、背を丸めるように言った。小柄な彼女が、よけいに小さくなったように映る。
「事故が起きる前から、あのシンドラー社製エレベーター(2基)は不具合がたくさん出ていました。異常音や停止階手前のストップ、ドアが開かない、閉じ込めなど。閉じ込め事故では、救急車も出動していたんです」
大輔くん自身も、不具合を経験したことがあったそうだ。
「息子が『段差があった。怖いね』と私に言ったことがありました。もちろん私は防災センターに伝えています。でも、もっとやれることがあったのではと悔やんでいます」
一家が暮らしていたのは、地上23階建ての公共住宅だった。その管理者である港区住宅公社は、事故後の調査で「過去3年間に不具合が43件あった」と報告している。
大輔くんの事故は、業務上過失致死の疑いで警視庁が捜査を開始した。エレベーターは当たり前のことだが扉が閉まり切るまで動かないように建築基準法施行令で定められているからだ。
茫然自失だった正子さんだが、事故から6日後、まだ事故原因が調査される前の報道に、大きなショックを受けたという。
《シンドラーホールディング(同機を製造したシンドラー社の本部でスイスに所在)は6月8日「(エレベーター事故は)不適切な管理か、利用者の危険な乗り方に起因していることが多い」とする声明を出した》(朝日新聞’06年6月9日付より抜粋)
正子さんが憤る。
「真実の事故原因が明らかになる前の報道は、誤った知識を多くの人々に与えてしまう危険がある感じます。事故後、遺族も支援者も『自己責任だよ』『飛び降りればよかったのに』といった言葉をかけられました」
同社はこの段階で、遺族に対し《深く遺憾に思い、お悔やみを申し上げたい》と、いわゆる「遺憾の意」を表明。しかし同年11月、事故の原因を「ブレーキを開放する電磁コイルの不具合とブレーキパッドの摩耗」とする意見書を警察当局に8月の段階で出していたことがわかった。つまり同社は、警察には不具合を認めたものの、遺族には一向に謝罪しなかったことになる。
「事故の直後はもちろん、あとにも謝罪はありませんでした。私は、シンドラー社と一度も会えないままだったんです……」
警察は「業務上過失致死事件として捜査中」と言うのみで、事故原因は、はっきりしないまま。
「警視庁、検察庁、国交省と何度も訪ねて回ったんですが、原因も、責任の所在もわかりませんでした」
(取材・文:鈴木利宗)
【後編|写真あり】「息子の命を無駄にはさせない」シンドラー社製エレベーター事故遺族の母が20年訴え続ける“再発防止”への願いへ続く
画像ページ >【写真あり】06年6月3日に起きたエレベーター戸開走行事故で亡くなった市川大輔くんは、東京都立小山台高校の野球班で活躍していた(他4枚)
