1月6日、沢田研二(64)がライブ中に、今年の12月にザ・タイガースを再結成すると宣言した。解散ライブを行った東京・日本武道館からスタートし、1カ月かけて全7都市8公演を開催するという。結成時の5人がそろうのは実に44年ぶりだ。

’67年デビュー当時の初期メンバーは、沢田、森本太郎(66)、岸部一徳(66)、瞳みのる(66)、加橋かつみ(64)の5人。『君だけに愛を』『花の首飾り』などが大ヒットし、タイガースはGSブームのトップを走るバンドに成長した。社会現象といわれるほどの爆発的な人気だった。’69年3月に加橋が脱退し、岸部一徳の実弟・岸辺四郎(63)が加入したが、’71年1月に解散する。

今回の再結成に向けて大きな一歩となったのは、’11年9月からスタートした沢田のライブツアー。加橋を除く3人がゲストとして参加し、ツアーを一緒に回ったのだ。現在、音楽プロデューサーとしても活躍する森本は次のように話す。

「僕と岸部とピー(瞳)が参加することになったのは、解散までタイガースのマネージャーだった中井國二さんが『もう一度、タイガースをやろう』と言ってくださっていたのがきっかけでした。中井さんはずっと、タイガースの初期メンバーでライブを開きたいという思いがあったみたいです。’71年の解散コンサートの後、ピーは芸能界を引退。僕たちとはまったくの音信不通でした。中井さんが懸命に働きかけてくれたおかげで、やっと’08年にジュリーと岸部と僕とで、37年ぶりにピーに会うことができたんです」

中井さんが、散り散りになっていたメンバーを再び結びつけてくれたのだ。だが、このときも加橋だけは「沢田のやり方に納得できない」と不参加だった。’69年にグループ脱退を決めた加橋と沢田との”確執”は、40年近くたっても消えていなかった。

「そのころ、中井さんの体調も思わしくなくて、代わりにジュリーが音頭をとる形で、メンバーに働きかけてもらっていました。しかし、話が進んでいくなかで、トッポ(加橋)だけは条件が折り合わず『どうしてもできない』と。それでも、昨年2月にジュリーの公演が終わった後、彼がトッポと個人的に会って和解し、話がまとまったようです」(森本)

しかし、そのきっかけをつくった中井さんは、闘病生活の末、’11年夏に他界。ザ・タイガース再結成の恩人は、悲願のステージをみることがかなわず逝った。だが、メンバーに託した「もう一度、タイガースを」という彼の”遺言”を受け、沢田は「5人の絆を再び繋ぐ」と故人に誓っていたのだ。再結成を強く願い続けた恩人マネージャーも、武道館での熱狂的なステージを、天国から見守っていてくれるはずだ——。