『徹子の部屋』(テレビ朝日系)で、黒柳徹子さん(84)がゲストの名前を告げ、ついで視聴者の目に飛び込んでくるのは、ゲストと鮮やかな花々。そのアレンジとゲストの衣装がシンクロしたとき、スタジオはいっそう華やかに。

 

42年間、約1万回も花をしつらえてきた石橋恵三子さん(77)は、「私は裏方ですから」と言う。そのとおりだが、『徹子の部屋』に来たゲストの笑顔が輝きを増すのは、石橋さんの花が引き立てるからだ。

 

徹子さんも言っている。「お花は大切な第2のゲストです」と――。

 

「“黒柳徹子”という才能やキャラクターを生かせる番組になると思いましたが、まさか42年とか、1万回続くとかは夢にも考えませんでした。これは、たぶん、徹子さんも同じだと思います」(石橋さん・以下同)

 

第1回の放送は、42年前。それから現在まで、一度の休みもなく『徹子の部屋』と関わり続けてきたのは、いまでは番組の顔である黒柳さんと、消えもの係の石橋さんだけとなった。

 

「スタッフの入れ替えはしない。編集をしない」。これが、黒柳さんが番組開始に当たって、テレビ朝日側に出した条件だった。唯一の消えもの係だった石橋さんは、番組スタート時から自然に、花や飲み物を担当した。消えものとは、テレビ番組のセットに飾られる花や食べ物など、番組が終われば消えてなくなるものを指す。

 

記念すべき『徹子の部屋』第1回のゲストは故・森繁久彌さんで、花は黄色いチューリップだった。

 

「初回は生花をテーブルの手前に飾り、後方に造花という構成でした。でも、しっくりこない。その後10回ほど試行錯誤して、花のテーブルを用意して、徹子さんとゲストの間に飾るという形ができあがり、いまに至っているんです」

 

もうひとつ、初期から続いている決まり事が、黒柳さんが本番までゲストに会わないこと。

 

「つまり、最初にスタジオに入るのが花で、続いて徹子さん、最後にゲストとなる。その本当に自室に招いたような演出が、1万回を超えても番組が新鮮さを保っている秘訣でしょうね」

 

石橋さん自身も、季節感を大事にするなど、自らに課したルールに加え、ずっと大切にしてきたことがある。それは、1回1回、心を込めて花を選び、生けること。

 

「思いは通じる、そう信じています」

 

本番中に花びらが落ちたことは一度もない。そしてこの42年間、テレビ画面には映らないセット裏では、石橋さんの思いが通じる場面が、芸能界のスターたちを相手に幾度も繰り広げられてきたのだ。

 

「素敵な花をありがとう」。目の前に故・高倉健さんがいて、一輪の花を差し出していた。

 

「高倉さんのお好きな花が都忘れと聞いて、収録ギリギリまで探して、ようやく房総まで行って本番に間に合ったのでした。収録後、花束にしてお渡ししたら、その場で高倉さんは1本を抜いて、『ありがとう』と、私に」

 

映画のワンシーンに迷い込んだようだったという。

 

「あなた、オーラが見えるんじゃないの!」と感嘆したのは、美輪明宏(83)。

 

「私の用意した花と、美輪さんの衣装の色がまったく同じ、しかもしま模様の色順まで同じだったんです」

 

こうしたありえないようなマッチングを、周囲は“石橋ミラクル”と呼ぶ。しかし、奇跡は単なる偶然ではなく、日々の努力や、「よりスターに輝いてもらいたい」との思いがあってこそだ。

 

今春、『徹子の部屋』を訪れたのは吉永小百合(73)で、自身の主演映画『北の桜守』公開に合わせての放送予定だった。

 

「もう、これは桜しか考えられませんでした。でも収録は2月で、もちろん桜は咲きません。そうなると余計に燃えるのが私(笑)」

 

まずは桜について勉強し直し、続いて都内の大田市場へ出向いて、顔なじみの生花問屋に相談した。

 

「早めに出回る啓翁桜を入荷してもらい、局に持ち帰ってからは、つぼみを湿らせた新聞紙で包んだりして温度調整をしながら、収録日にベストな状態で開花するように持っていきました」

 

ゲストが感激したのは、言うまでもない。

 

「本番当日はテーブルだけでなく、スタジオの階段まで桜が満開になって。吉永さんはもちろん、徹子さんも大喜びでした」

 

わずか数時間で消えていく花に日々、思いを込める歳月は、はや半世紀を超えた。

 

「消えるからこそ、いつも新たな出合いと刺激がある。それが消えものだし、だから、また頑張ろうと思うんです」