「アイドルデビュー同期の話題も終活や介護が」と語る木元ゆうこ(左)と松本明子(写真:本誌写真部) 画像を見る

1983年にアイドルデビューした大沢逸美(60)、桑田靖子(58)、小林千絵(62)、木元ゆうこ(59)、徳丸純子(60)、森尾由美(60)、松本明子(60)ら同期の7人。彼女たちは、中森明菜(60)や小泉今日子(60)、早見優(59)、堀ちえみ(59)ら多くのスターを輩出した、「花の82年組」と、デビュー直後から活躍した菊池桃子(58)や荻野目洋子(57)ら「個性の84年組」の狭間で、「不作の83年組」などという不名誉なキャッチフレーズを冠されたこともあった。

 

しかし、「だれか一人が大ブレイクしなかったからこそ、仲よく支え合いがんばれた」と、40年以上にわたりさまざまなジャンルで個性的な活動を続けながら、いつか“おかみさん”の風格を身につけたこともあり、いまや「お神セブン」と呼ばれ、改めて注目を集めている。そんな彼女たち自らが企画し、8月22日に東京・北千住のシアター1010で開催される「83年組アイドルアラ!?還ライブ」(徳丸純子(60)は海外在住のため欠席)を開催する。

 

お神セブンとなる7人が再会を果たしたのは2013年のこと。大沢逸美があるバラエティ番組で「同期に会いたい」と語ったひと言がきっかけだったという。アイドルとしてデビューした彼女たちも、いまでは会うたびに、介護や終活というキーワードが出てくる年齢に。木元ゆうこと松本明子の2人に、アラ還になったアイドルのいまを語り合ってもらった。

 

私生活では、木元は29歳で結婚。当時すでに芸能界から身を引いていた時期で、専業主婦に。松本は32歳で、6歳年下の俳優・本宮泰風(54)と結婚後も芸能活動は続いた。共に子育てを経験し、家庭で母親や妻としての奮闘の日々を重ねたあと、松本は実家じまいを克明に綴った著書『実家じまい終わらせました!』で話題となり、木元は現在、まさに実母の介護の真っ只中で、その体験をnoteに「母の介護の記録/答えの出ない問いと暮らす」など投稿し注目される。

 

木元ゆうこ(以下、木元) 夫とは、仕事がつらくなって放浪の旅に出ていた先のインドで知り合いました。バックパッカー仲間です。阪神淡路大震災のときも一緒にいて、避難所生活も二人で体験したり、彼はその後に画廊を営むなど、夫婦の生活も波瀾万丈に送っております(笑)。娘はイギリス留学をしてすでに就職し、息子も社会人として自立しました。

 

松本明子(以下、松本) イギリス留学、すごいよねえ。息子さんもミュージシャン志望で、私たちのライブでもサックスを吹いてもらったりね。お神セブンは、みんなの子供のこともよく知ってるんです。うちの息子は、いっさい、顔も出さない、名前も出さないと言ってたんですけども、オードリーさんの番組(『オードリーさん、ぜひ会ってほしい人がいるんです。』/日本テレビ系)には自分で「いつも母がお世話になってます」ってハガキを出して(笑)、採用されて、親子共演……という次第です。純粋にオードリーさんのファンだったみたいです。芸能界には興味がないみたいで、これも母親が反面教師で、地に足つけて生きていかなきゃ、というタイプ。お神セブンの子供たちは、みんな、しっかりしてますよね。

 

木元 ママ友という感じで、子供の話も普通にしてますね。

 

松本 最近は、やっぱり親の介護の話が多いですね。ゆうこは、いま真っ只中。

 

木元 母は、今年91歳になります。私がこうやって取材に出てこられたりするのも、母を見てくれるサポート体制が充実しているから。介護制度って充実しているなと思うけど、あっこの時代は、まだ整備されてなかったんですよね。

 

松本 そうでした。私の場合は、介護に関しても早くて、およそ20年前でしたから。父が、私が37、母は41のときに他界したので、介護は母のほうですね。だから、行政などに頼るより、何かあれば誰かが病院に付き添ったり、家族で手分けしてました。今は、ゆうこが介護保険なども詳しくてね。

 

木元 私が在宅介護6年目に入っていて、いろいろ段階を経てきてますので。それこそ母の小さな骨折から始まって、初めて要支援を申請したところから、現在は要介護5までいきました。1年ごとに段階が上がっていき、私もフルコースで体験してきたので、お神セブンのみんなにも「何でも聞いて」と伝えてます。地域差はあるみたいですが。

 

松本 その体験を、なんだっけ、noteに発表してるんですよね。

 

木元 noteという作文のようなアプリを使って、介護体験を記録として残しています。自分自身の記録のためでもありますが、やっぱり、すごく悩んだり落ち込んだりするんですよね。あっこも、そうだったと思うんです、この仕事をしながらの介護ですから。それを同じように仕事や子育てとの両立で苦しんでいる方もいらっしゃると思うので、微力ですけども、こんなパターンもあるのかと、そんな裏技もあるのかと、気付いてもらえたらという気持ちも少しあって。

 

この7年間は、浅草の実家に同居しての介護生活です。夫には、40代に入ったころから言ってたんです。「私、ひとりっ子だし、母もずっと一人だから、面倒見る人は私しかいないから、いつかは母のことで単身赴任となることを、どっか頭の中に入れておいてください」と。

 

松本 お母さんに言わなくなっていた「ただいま」を、ちゃんと言おうと思うようになった、という感動的な話もありました。

 

木元 認知症が進むと口数も少なくなるし、どんどん会話もなくなるでしょう。母ともそうで、もう諦めてたの。このまま喋らなくても、お互いに楽だし、母は「ひばりちゃ~ん」といって一人で美空ひばりさんのDVDを観てくれてるし(笑)。もうずいぶん長い間、帰宅の挨拶をしてなかったんです。で、あるとき帰って無言で手を振ったらね、突然「おかえり~」って言うんですよ。久しぶりに聞いて、これいいなぁと思って。そこから、また私も「ただいま」を言うようになりました。

 

松本 いいときもあれば悪いときもで、波があるもんですよね。

 

木元 ホントそう。介護も仕事との両立でなんとかやってますけども、あっこの実家じまいも、かなり大変だった。

 

松本 私が『電波少年』(日本テレビ系)などで、やっと親孝行できるようになったなぁと思って、停年退職になったばかりの父親、母親を四国から呼び寄せて、賃貸アパートで3人暮らしが始まって。そのころから、もう実家は誰も住まなくなってて。その後、父親、続いて母親と他界して、「実家頼むな」が父の遺言で。とはいえ、離れているもので、正直、片付け、実家じまいも後回しになっていました。子育てや仕事を優先しちゃったものですから。結局、母が亡くなってから始めて、10年間もかかりました。実家に残されていたものは、本当に膨大でねえ。2000冊の文学書に、父の残したエッチな本もあって。

 

木元 それは、たいへんでした(笑)。

 

松本 そっち系の本は、みうらじゅんさんに引き取ってもらって、お宝だと喜んでいただきましたよ。専門書とか辞典は、神保町の古本屋街にも持参しましたが、「もう引き取れないんですよ」とすべて断られました。あとは、私のテレビなどの出演シーンをVHSやベータに残しておいてくれた何百本を、新たに焼き直したり。そのなかに、新人賞レースのときの映像があったり、衣装が残されたりして。

 

木元 ずっと、アッコのいちばんのファンだったんだねえ。ご本の最後に書かれていた墓じまいは?

 

松本 いまも継続中、四国に残したままです。両親や祖父母も入っている墓が、まだ四国にあるんですね。遠くて、そうそう簡単にも帰れないし、この先、私も他界したら無縁仏になっちゃうんで。だから、私が目の黒いうちになんとか、と。いずれ、こっちに持ってくるということです。

 

木元 持ってこられるの? お墓って。

 

松本 できるみたいです。こうした情報は私も実体験がありますし、いまも継続中だから、なんでも聞いてください。とんでもない大赤字を抱えてしまいましたからね。思うのは、早いうち、ご両親が元気なうちから、実家どうしようかねと、世間話のように話し合っておくのが大事だし、維持費も甘く見ないように。結局、25年間にわたって、約1800万円かけて、実家じまいをしたわけです。

 

木元 ふだんからの備え、家族の話し合いが大事なんですねえ。

 

松本 遺品整理もコツコツと……で、コツコツ(骨々)で思い出しましたが(笑)、私、今年4月に転倒して骨折したのをきっかけに、退院してから、時間だけはあったので、自分の荷物の片付け、整理をできる範囲でしてました。自分の部屋が資料や衣装であふれ返っていたので、1週間ほどかけて。だから、骨折で終活が始まっちゃった(笑)。まさに、私なんか、60になるときに大ピンチがきましたよ。そこで、終活のきっかけにもなりましたし、またお神セブンのみんながいて、がんばる支えにもなってくれましたし。

 

木元 でも、命に別状がなくて、ホントよかった。

 

松本 また、がんばらないと。でも、いくつになってもがんばれるのは、やっぱり、若いころに売れない時期があったから。

 

木元 たしかに、それはあるよね。何もしない時間はないほうがいいよね、とは思う。あっこの退院も早かったしね。

 

松本 そうそう、早く退院して、仕事に復帰したかった。そりゃ、みんなの頑張る姿や、介護しながら仕事してたりするのを目の前で見てるから、自分の元気の源にもなるし、励みにもなりますよ。

 

木元 年を重ねて、このメンバーと再会すると、10代のころの絆とはまた違う絆を感じるな。それは、それぞれが別の場所で同じ時代を生き、壁に当たるたびに同じように悩んで迷い、ときに泣いて、喜びも噛みしめて、それぞれの人生を歩いてきた仲間なので、懐かしさより、「よく頑張って生きてきたね」の思いが、絆をより深めてくれる。

 

松本 わかるわかる!

 

木元 いま、私は若い人に混じってオーディションも受けまくっていますが、「まわりが若い人ばかりで恥ずかしい」と言ったら、みんなが、「そんなことない、すばらしいことだよ。やれるうちに何でもやったほうがいいよ」と言ってくれました。どんだけ、支えになってるか。

 

松本 みんなが、お互いに支え合っているよね。

 

いよいよ「アラ!?還ライブ」が8月に迫っている。2人に意気込みを聞くと――。

 

木元 ファンの方たちからは、みんな「歌ってほしい」って声が大きいんです。しかも、自分の持ち歌を歌ってほしいというリクエストが多いんです。

 

松本 なぜかヒット曲が1つもない私たちですが(笑)。お神セブンとは別に、私と、ゆうこと千絵の関西出の3人でおととし結成したユニット「CHAY(ちゃい)まんねんシスターズ」のコンサートでも、親衛隊の人の声援があまりに大きくて、周囲の反響が心配だったんですが、あとで聞くと「当時を思い出せた」と喜んでくれていて。だから、私たちも精一杯歌うんで、ファンの方たちも大いに声を出してほしい。もうね、なんやかんや言っても人生の3分の2が過ぎてるわけですから、お互いに、これからは無理はしないけど、いっぱい楽しんで。

 

木元 そうそう。でも、改めて思うのは、同期、お神セブンがいなかったら、私、こんなに元気じゃないと思う。

 

松本 みんなが売れてないからね、仲がいいんですよ。いわば、どんぐりの背比べで(笑)。

 

木元 不器用ながら、そんな人生を重ねてきた私たちを感じてもらえる時間になればうれしい。だって、こないだ、82年組の先輩とごはんを食べることがあって、「ゆうこちゃんたち、またやるんだね」と言うので、「先輩たちはやらないんですか?」と聞き返したら、「私たちは、それぞれで」との答え。やっぱり、82年組は個々で武道館だったりするわけでしょう。私たちは、みんなそろってで。

 

松本 束になってね(笑)。60になって、束でがんばる、還暦アイドルですから。

 

木元 でも、きっと同世代のみなさんも、いろんなことを乗り越えて今を生きていると思う。だから、今回のライブは、「青春を振り返る」だけじゃなくて、「ここからもがんばろうね」って、お越しくださるみなさまと一緒に笑い合える時間になったらうれしい。

 

松本 はい。何を言われても、私たちとファンのみなさんで、束になって楽しみたいと思います!

 

それぞれが「不遇の時代」を歩んだからこその絆が生み出すパフォーマンスに期待したい。

画像ページ >【写真あり】当時の顔が初々しい「83年組アイドルアラ!?還ライブ」のイベント告知(他4枚)

出典元:

WEB女性自身

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