戦後まだ日の浅い東京の町で、初めて食べたごちそう、ラーメンの味。少年時代の感動をそのままに、今日も作り続ける、昔ながらのおいしさ。浅草橋「大勝軒」の岩上勇(いわがみいさむ)さんは、この道54年の大ベテラン。ラーメンが大好きな一心で、古き良き東京ラーメンにこだわってきた。

 

 材料を惜しまず、ていねいな手仕事で作られたラーメン(550円)は、やさしいながらも力強い味わいのしょうゆ味。あっさりと澄んだ中に、肉汁の旨味が豊潤なスープ。ツルツルすすれる、コシのある細麺。チャーシューはやわらかく、メンマはシャキシャキ、大ぶりのカマボコはしっかり練り物のおいしさ。ともすれば物足りなくなりがちな東京ラーメンを、岩上さんは、満足の一杯に仕上げてみせる。

 

  「僕の子供時代は、戦中戦後と食べ物が本当になかったからねえ。ラーメン屋で働けば、食べ物にはなんとかありつけるんじゃないかと思って(笑)」

 

 醤油の町、千葉県野田市で生まれ育った岩上さん。東京市街のような激しい戦火からは免れたものの、食べるもののない怖さは、いやというほど味わった。昭和29年に15歳で上京、戦前から浅草で「大勝軒」を営んでいた同郷の親類・直蔵さんのもと、住み込みでこの道に入る。以来ひとすじ、54年間。毎日がラーメンだった。

 

 「ずっと食べるものがなくて、そんななかで、ラーメンを生まれて初めて食べた時は…『こんなおいしいものがあったのか!』ってねえ! ごちそうでしたよ。日本そばなんて、くらべものにならない」

 

 まるで昨日の夜食べた、おいしいものの自慢をするかのように、顔をクシャクシャにして笑う岩上さん。黙っていると気難しく見えるが、ラーメンが本当に好きで好きでたまらないようだ。

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