「このワクチンを使うことで、高血圧の患者だけでなく、脳卒中や心筋梗塞で亡くなる人を減らすことが期待できます」

 

こう語るのは、血圧を下げる「高血圧DNAワクチン」(以下・高血圧ワクチン)の開発者で、大阪大学の森下竜一教授。

 

高血圧は「サイレントキラー」と呼ばれ、自覚症状のないまま動脈硬化が進行。脳梗塞やくも膜下出血などの脳卒中、心筋梗塞や腎臓病などの病気を引き起こす。実際、日本人の4人に1人が高血圧に起因した病気で亡くなっている。

 

そんな命に関わる生活習慣病・高血圧の新しい治療法として、日本で開発された高血圧ワクチンが注目されている。これの何が画期的なのか。森下教授は次のように説明する。

 

「現在の高血圧の治療は、血圧を下げる薬を毎日飲み続けることです。ところが、1年たつと、半分近くの患者が薬を飲むのをやめてしまい、気がついたら症状が悪化していたというケースが多いのです。高血圧ワクチンの場合、1回の注射で、約1年間効果が続くため、薬を毎日飲むわずらわしさを解消してくれるのです」

 

注目を集める高血圧ワクチンは、どんな仕組みなのだろうか?

 

「血圧を上げるのが、血液の中にある『アンジオテンシン2』というホルモン物質です。これが活性化すると、血管が収縮します。その働きをワクチンで抑えることで、血圧を下げるのです」

 

ワクチンといえば、インフルエンザのように、ウイルス(抗原)に対する抗体を作り、免疫機能を働かせて感染を予防するものだが……。

 

「『アンジオテンシン2』は、もともと体内で作られているため、免疫機能が“敵”と認識しません。そのため、これまで抗体を作ることができなかったのです。今回は、遺伝子治療を応用してワクチンを開発。『アンジオテンシン2』を“敵”と認識させる抗体を作れるように。ワクチンを注射することで免疫機能が発動し、『アンジオテンシン2』の働きを抑制するのです」

 

高血圧を発症したラットを使った実験で高血圧ワクチンを注射したラットと注射しなかったラットを比べると、前者は最大2割ほど血圧も低下。副作用も見られなかったという。人間ではどうなのだろう。

 

「免疫システムが正常に機能しなくなる、自己免疫疾患を起こすリスクも指摘されています。現在、オーストラリアで安全性と有効性を確認する治験が進んでいます。血圧は10(mmHg)ぐらい下がるだろうと考えています。高血圧の治療で、現在、2~3錠の薬を毎日飲んでいる人は、1錠で済んだり服薬しなくてもよくなったりすることが期待できるでしょう。血圧が5(mmHg)下がると、脳梗塞の発症リスクが約14%低下。心筋梗塞は約9%、死亡リスクも7%下がるとされています。高血圧の予備群や、遺伝的に高血圧になりやすい人が、予防的にワクチンを使える可能性も大きいでしょう」

 

単純計算だが、1年に1回の注射だけで、血圧が10(mmHg)も下がり、脳卒中の発症リスクが約3割減少することも。効果はこれだけではない。

 

「『アンジオテンシン2』には、血管を老化させる働きがあることがわかっています。血管年齢は、体内の老化度を測る要素の1つ。『高血圧ワクチン』には、アンチエイジングの要である血管年齢を若返らせる効果も確認されています。私は血管の老化の関与が大きいアルツハイマー病の予防にもつながると考えています。ラットの実験では、ワクチンを投与することで、ラットの寿命が延びたことも明らかになりました」

 

そんな夢のような高血圧ワクチンだが、私たちが使えるのは、いつごろになるのだろうか?

 

「順調にいけば、2023~’24年には実用化できると思っています。オーストラリアでの治験後、数百人規模の治験を日本でも重ねて、薬事承認をめざしていきます」

 

高血圧ワクチンが実用化されるまでの間に、私たちは、どんなことに気をつければいいのだろうか。

 

「上の血圧(収縮期血圧)をなるべく120~130(mmHg)でコントロールすることを心がけてください。そのためには塩分の取りすぎを改善し、ウオーキングやラジオ体操などの運動の習慣をつけること。そして7~8時間の睡眠をしっかりとることも大切です」