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「すでにリンパ節への転移も2カ所あり、ステージ3Bの状態でしたので、小川恭弘先生(当時・高知大学医学部教授。現・同名誉教授、高知総合リハビリテーション病院院長)の所見では『余命3年』でした。’07年1月に検査を始め、3月から新治療にチャレンジしたんです」

 

13年前に乳がんと診断された当時を振り返るのは、歴史時代作家クラブ賞を受賞した、時代小説家の藤原緋沙子さん(72)。その新治療「コータック(KORTUC)」を開始すると、がんは瞬く間に小さくなった。

 

「3月中旬の3回目の注射で、5センチ大からわずか19ミリにまで縮小したんです。さらに1カ月後の4月には、腫瘍マーカーは健康な人と同じ数値に。そして5月30日の検査ではとうとう、リンパ節のものもすべて『消失しています』と。骨や肺に転移する前に、がんをゼロにできたことに、感謝以外ありませんでした」

 

その後、10年以上たったいまも、藤原さんは「再発なし」で、精力的に執筆に励む毎日。転移がんをこれほど劇的に退治した新療法とは、どんな仕組みなのだろうか。小川さんが解説してくれた。

 

「手術でがんを切除するのに比べて、放射線治療の効き目は『イマイチ』と思われていることに、40年前から疑問を持っていました。『放射線治療の効き目を高める(=増感)薬を開発しなければ』との思いで、マウス実験などで研究を重ね、がん細胞中で放射線を防御する『よろい』となっている『抗酸化酵素』を失活させる方法を発見したのが、’06年でした」

 

小川さんが高知大学医学部教授時代に、研究に研究を重ね開発した「コータック」の作用のメカニズムは、次のようになる。

 

「がん(=がん細胞の集団)が大きくなると、個々の細胞中の酸素が減って抗酸化酵素が増え、放射線治療効果は3分の1まで低下してしまいます。その抗酸化酵素を失活させ『よろい』を解くためには『過酸化水素』が必要で、かつ、その効果を持続させると同時に、注射の痛さを半減させるには『ヒアルロン酸』を混ぜるとよい。この増感剤(過酸化水素+ヒアルロン酸のコンビ)が放射線治療をフル(=3倍)にするのです」

 

効果は大きいのに、とてもシンプルな構造の新治療法だ。

 

こんなに画期的な開発なのに、昨年の本庶佑さんのノーベル生理学・医学賞受賞で注目された治療薬「オプジーボ」に比べて、まったくといえるほど認知されていないのはなぜだろう。

 

日本もそうだが世界でもまだ、保険適用がされておらず、薬も商品化されていないというのだ。小川さんは少々困り顔で話す。

 

「ええ、過酸化水素は市販の消毒液としてもおなじみの『オキシドール』のことです。それに『ヒアルロン酸』をまぜただけの薬では、1回分の原価が300円ほどにしかなりません。製薬会社は『利益にならない』と口をそろえるんです」

 

だが小川さんは、あきらめず地道に研究を進めてきた。’06~’13年の臨床試験では、前出の藤原さんを含む乳がん患者70人にコータック注射をしたうち、69人が手術なしでがんが消滅し、5年生存率も100%を達成した。最近ようやく、薬事承認・保険適用に希望が見えてきたのだという。

 

「チャールズ皇太子が理事長のがん専門病院『イギリス王立マーズデン病院』で、’17年2月から臨床治験が始まりました。安全性や有効性を段階的に確かめながら、イギリスで3年半から4年後には、医薬品として承認される可能性が出てきたんです。日本では欧米から約1年遅れて承認される例が多いため、コータックが“逆輸入”の形で薬事承認・保険適用されるまでに、5年くらい待つことになるでしょうか」

 

しかし、今日現在で、日本でもコータック治療を受けられる病院や医療機関が、全国にあると小川さんは言う。

 

「長崎県島原病院や、私の出身の高知大学、大阪医科大学、名古屋市立大学、東京放射線クリニックなど、すでに700症例以上で実施されています。コータックは、内視鏡やCTガイドなどを使用する注射方法で、あらゆる固形がん(かたまりをつくるがん)消滅に応用・適用が可能なんです。大学病院などは臨床試験として、コータックの部分は無償で行っているところもありますので、費用などは、問い合わせしてみてください」(小川さん)

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