「乳がんは近年、よく治るようになりました。私の患者さんのなかには再発・転移をしても、治療を受けてその後、十数年がんが出てこない人、治療を終えてから出産する人も珍しくはなくなりました」
そう話すのは、国際医療福祉大学三田病院乳腺センター長などを歴任、現在はよしもとブレストクリニックを開業し、数千人の乳がん女性と向き合ってきた吉本賢隆先生。
発見され、数カ月で命を落としてしまう人もいる一方、再発・転移しても結果的に生還する人がいる。がんは部位やケースによって、まったく違う病気のようだ。
「統計精度の問題はあるが、がん全体の生存率は7~8年前と比較すると、おそらく上昇しているといえると思います」
こう語るのは、国立がん研究センターがん対策情報センターがん登録センター長の東尚弘先生。
そこで本誌は、国立がん研究センターがん対策情報センターで8月に公表された、「がんの部位別・5年生存率」をもとに、がんの部位別に専門医から傾向と対策を聞いた。
【膵臓がん】
現代がん医療がいかに進化しようとも、いまだ圧倒的に治りにくいのが膵臓がんである。全ステージを通して生存率が9.6%、ステージ4であれば1.7%という厳しさだ。日本ではまだ数少ないオンコロジスト(腫瘍内科医)で、抗がん剤のエキスパートである武蔵野徳洲会病院の佐々木康綱先生は語る。
「確立された検診法がないうえ、早期発見が難しく、見つかった多くの患者さんは、すでに切除不能であるケースがほとんどなのです。たまたま別の病気でCTスキャンを受け、運よく早期発見できたような場合は、完全切除が可能で、治癒に結びつくこともありますが……。また、膵臓がんは、多臓器に浸潤・転移しやすいのも特徴です。その場合は化学療法が適用されますが、近年、難治がん治療の鍵とされる、分子標的薬も、免疫細胞を再活性化する『免疫チェックポイント阻害剤』も、膵臓がんに対しては、あまり有効なデータがないのが現状です。ただし近年、日本で開発されたS-1という抗がん剤が、進行膵臓がんを対象とした治験で、5年生存率44%という好結果をたたき出しました。この数字から、この治療法が極めて優れている可能性がありますが、わが国でしか使える薬ではないので世界的な標準治療になるかはまだ未確定です。また最近では、がんの遺伝子解析により膵臓がんの中にもDNA配列ミスの修復機能の働かない『マイクロサテライト不安定性(MSI)が高い一群の患者が存在することが明らかになりました。この特性を持った膵臓がん患者に免疫チェックポイント阻害薬『ペムブロリズマブ』(商品名キイトルーダ)を用いた場合、6人中5人(83%)に腫瘍の縮小を認めたとする報告があり、わが国でもこの治療が実地医療で保険診療として行える状況です』
膵臓がんの生存率アップは、これからの課題といえそうだ。
【肝臓がん】
肝臓がんは、5年生存率が全ステージ40.0%という数字だけを見るとやはり「治りにくい」といえそう。
しかし肝臓がんは、ウイルス感染により発症するB型、C型肝炎から、がんに移行するケースが全体の8割で、肝炎への感染がわかったら、注意深く観察を続けることで早期発見が可能である。そうすれば、外科手術や、「ラジオ波」「肝動脈塞栓療法」と、治療の選択肢は広がっているのだ。
「もっとも、肝炎や肝硬変を患っている場合は、肝臓機能がすでにかなり低下していることから、何年たっても新たながんが起こりやすく、『治癒』という言葉を使うのは難しいのが現状です」(佐々木先生)