4月に入り、西日本から北日本までの広範囲で黄砂が飛来し、都心でも空がかすむ日が続いた。
「中国大陸内陸部のゴビ砂漠やタクラマカン砂漠の黄砂が、偏西風に乗って日本にやってきたためです。冬場は雪のために黄砂が飛びませんが、雪が溶け始める3月くらいから日本に飛来し始め、4月、5月にピークを迎えます。
黄砂そのものは以前よりありましたが、近年、問題となっているのは砂ばかりでなく、砂に付着した、PM2.5といわれる非常に小さな粒子の有害物質で、さまざまな健康被害を引き起こすといわれています」
こう警鐘を鳴らすのは、上本町わたなべクリニック院長の渡邊章範さん。
まず、黄砂やPM2.5による代表的な症状といえば、アレルギー反応だ。
「花粉症と同じように、くしゃみや鼻水、目のかゆみや痛みなどのアレルギー反応が出たりします。皮膚や顔にくっつき、湿疹が出るなど皮膚反応も起こすことも」(渡邊さん)
だが、黄砂で怖いのは、命に関わる病気を引き起こすリスクがあるところだ。熊本大学客員教授で、桜十字八代リハビリテーション病院副院長の小島淳さんが語る。
「世界の疾病負荷研究によると、死亡に寄与するリスク要因の中で、喫煙や高血圧に続き、男女ともに4番目に多いのが大気汚染です。
その大気汚染による死因には、肺気腫などの慢性呼吸器疾患、肺炎などの呼吸器感染症がありますが、もっとも多く、半数近くを占めたのが心筋梗塞や脳梗塞などの循環器疾患でした」
国立環境研究所が20033年から2007年にかけて行った調査では、黄砂濃度の高い日は、通常の日に比べて救急搬送が12%増え、心臓病と脳卒中に限ると21%増になった。
2017年に論文「黄砂飛来の翌日に急性心筋梗塞が増える可能性」を発表した、前出の小島さんが研究の経緯を語る。
「通常、心筋梗塞は冬場に多く、夏場に少ない傾向があります。しかし暖かくなった4月、5月に、突如、患者が増える日があることから、黄砂との関係を調べてみました」(小島さん、以下同)
気象庁が定めた黄砂観測日(肉眼で目視できる距離が10キロ未満の日)をもとに、熊本県内の21の医療機関の心筋梗塞全患者の状況を分析した。
「すると、黄砂が観測された翌日は、観測されなかった日に比べ、急性心筋梗塞の患者が1.45倍も増えました。とくに、75歳以上の高齢者・高血圧・糖尿病・非喫煙者・男性・慢性腎臓病といった因子を複数持っている人ほど、黄砂によって急性心筋梗塞を発症しやすいという結果でした」
また、九州大学の研究者らが2014年に発表した「黄砂の脳梗塞発症に及ぼす影響に関する研究」では、1999年6月から2010年3月にかけて、発症24時間以内の脳梗塞患者約7500人を調査。それによると、動脈硬化によって血管が狭くなる、あるいは詰まっていることなどにより生じるアテローム血栓性脳梗塞という種類の脳梗塞が、黄砂のばく露によって有意に増加すると報告されている。
これらの疾患と黄砂の因果関係は判明していないが、小島さんは以下のように推察する。
「黄砂や、ともに飛散してくるPM2.5といわれるごく微小な有害物質は、鼻や口から取り込まれると、肺の最深部である肺胞にまで行き着くと考えられています。また、あまりの小ささから血管にも入り込む可能性が指摘されています。
肺や血管から有害物質が全身に回ると、各臓器が酸化ストレス(細胞のダメージ)や炎症を起こします。また自律神経が乱れることも示唆されています」
結果、高血圧や心拍の異常、動脈硬化、急性心筋梗塞を引き起こすとされる。