夫唱婦随パワーで服を呼ぶ!

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12年前、アクセサリーの店を閉めて、宝くじ店をオープンしたとき『とうとう中野さん、店を宝くじ店に売っちゃったんだ』と近所の人がのぞきにきたもんです。私たち夫婦が窓口にいるを見て『えっ、中野さんが売ってるの?』。みんな下町気質で遠慮がないですから『素人の中野さんから買ってもなあ』と嫌味まで言われて。そこでなにくそ『億が10年続けて出る店にする』と、商店会で宣言しちゃったんです(笑)」 

こう語るのは、東京・アメ横の御徒町駅側入口にある、『宝くじ御徒町駅前センター』の中野徳治さん(71)、邦子さん(64)夫妻。

昨年年末ジャンボで1等前後賞1本、2等2本の計5億円。そして今年6月のドリームジャンボでも1等3億円。開店以来12年間で高額当せんがちょうど総額21億円。平成生まれの店でこれほど「億」が出ている売り場はほかに例がない。

徳治さんはいま売り場がある場所に、戦前から店があった和菓子の老舗『青柳』の三男坊。ところが戦後、父が負債を作り、店の4分の3が他人手に渡ってしまう。店の行く末を任された徳治さんは和菓子店を閉め、アクセサリー店を開業することに。当時、27歳の徳治さんの前に現れたのが、銀行の窓口で働いていた21歳の邦子さん。

「アクセサリー店をやってると聞いて結婚してもいいかなと思ったの(笑)」

アクセサリー好きの彼女の切り盛りでお店は大成功。86年には売り上げが最高潮に達したが、バブル景気が去り、また東北新幹線が東京駅まで延伸したことでアメ横のお客さんが激減。中野夫妻も店を閉め、9911『宝くじ御徒町北口センター』を開店。「億連発」の店を目指した。

「当たりを出すためには、とにかく枚数を多く売らなくてはと、ジャンボ中は朝6時に店を開けて、深夜0時まで売り続けました」

両親の眠る上野池之端の墓地に年に4度は通って、高額当せんの〝後押し〟をお願いするようになったのも、このころだ。それでもなかなか億は出ない。1年以上試行錯誤を繰り返していたとき、ふと邦子さんが、「『北口』だとスケールが小さい気がする。大きく『駅前』に変えましょうよ」

その一言で、売り場名を『宝くじ御徒町駅前センター』に変更した途端、その年のサマーで1等3億円が出た。開店から1年半、待ちに待った「億」だった。それからは、03年を除いて、毎年売り場から〝億万長者〟が誕生。なかには、ご近所で福を授かる人も現れた。

「ある日、近くの高級マンションから知り合いの奥さんが出てきたのを見かけて『あら、奥さん、前は違うマンションでしたよね』と声をかけたら、困った顔で『じつはお宅で買った宝くじが当たって、このマンションを買ったんです』。本当にうれしそうでした(笑)」(邦子さん)

と地域にまで幸運を振りまく。売り場での経験値も上がった。

「売り場は一方が東、一方が北向き。日が昇る方角で縁起がいいからか、東だけ長い行列ができるんですよ。でも、とくに東側からたくさん当たりが出てるわけではない。信念を持って買う人は別ですが、行列に釣られて東側に並ぶだけでは〝億の強運〟は引き寄せられないと思うんです」

また邦子さんは、「当せんチェックに来て宝くじを放りなげる人がいますが、そのようにお金を大事にしない人で、5万円以上の当たりが出た記憶はありません。長年の商売の浮き沈みを経験するなかで、お金のありがたさを十二分に教えられましたから、渡すときも受け取るときも必ず両手を添えます。宝くじもお金と同じですから」

そんな夫妻が日頃から心がけていることといえば、

「夫婦喧嘩すると、どうしても売り場の空気が悪くなる。これではツキが逃げてしまうと思って、喧嘩を翌日に持ち越さないようにどちらからともなくから謝るようになりました」(徳治さん)

億を呼ぶ5つの教え

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毎年『億』を出し続ける夫妻の話を開運アドバイザーの田村孝さんが分析。開運5カ条をまとめてもらった。 

①何があっても「自分には運がある」と思い込め!


②年に4回墓参りをすること(正月、春秋の彼岸、お盆)


③他人のまねはせず、勝負は〝裏道〟を行け!


④お金はつねに両手で扱うこと!


⑤夫婦喧嘩はツキを失う。明日に持ち越すな!  

 

 

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