4月7日、香川県高松市の沖合に浮かぶ男木(おぎ)島の男木小学校・中学校で入学式ならぬ“再開式”が開かれていた。生徒6人と就学前の児童2人を見守ろうと、地域のほぼ全員が出席。卒業生や来賓に加え、多くの報道陣も詰めかけている。

 

人口180人の大半が75歳超という“限界集落の島”。過疎化により’11年春から男木小・中学校は一時休校となっていた。しかし、9万人を超える来場者を集めた「瀬戸内国際芸術祭」で“アートな島”として注目され、子供8人を含む3家族が移住を希望。高松市も動いた。

 

「ホッとしました」とひとり感想をもらしたのが、福井大和さん(36)だ。福井さんにとってもこの日が故郷での再スタートの日。男木島出身で、高松市の高校から大阪芸術大学へ。ウェブデザインの会社を立ち上げ、もう20年大阪で暮らしていた。

 

「男木出身の人間は、僕と近い世代もみんな『いつかは男木島に帰りたい』といいます」と福井さん。

 

郷愁があればあるほど、たまに帰って目にする故郷の現実は、複雑な思いを呼び起こさせた。「あったはずの家が突然なくなって、見えないはずの向こう側の景色が見通せたりして『あっ!?』と思うことがしょっちゅう。自然と朽ち果てていく空き家と違い、明確に人の意志で潰していて『島とは決別するんだ』という声が聞えるようでした。それでも老後、子供が独立して、自分たちがリタイヤしたら、島に戻って悠々自適に暮らしたいと、漠然と考えていました」。

 

そんな福井さんの考えを覆したのが「瀬戸内国際芸術祭」だった。男木島のほか過疎化が進む瀬戸内の「地域の活性化」と「海の復権」をテーマに、’10年、’13年と過去2回開催されている。2回目の瀬戸芸では、新たに展示場として“休校中”の男木小・中学校も展示会場になった。夏休み中の長女・ひなたちゃん(10)も一緒に、「校舎の中に入ったのは卒業以来、約20年ぶりでした」(福井さん)。

 

ふと父娘の足が、1枚のレリーフの前で止まった。「あれ、パパが小学校卒業の記念に作ったやつやわ」。これも、アーティストが再構築して展示した作品の一つだった。担当した松陰浩之さん(48)はこう言う。

 

「この学校は休学中なんだから、次に入学する子供が来るまで留守を預かるっていうか、島の灯を消さないでバトンタッチしていくようなアートをやりたかった」

 

願いのバトンは、大人から子供へ確実に手渡されていたようだ。学校を去るというとき、ひなたちゃんは父にこう言った。「この学校に、通ってみたいなぁ」。

 

福井さんは学校再開の相談を始めた。当初は行政側に『何年か待って』などとも言われたが……。10月半ばには学校再開を求める署名も提出された。島外に移住した人、さらには県外の男木島サポーターも含め“約900人の名前”が後押しした。ちなみに今回の学校再開に関わる総事業費は3億円と試算されている。

 

学校の存続は、福井さんたち子供を持つ親だけでなく、地域の人々、予算を付けた行政側にとっても重要な課題である。学校がなくなり子供たちがいなくなれば、やがて地域は消滅に向かうしかないことを、この男木島のケースで人々は学んだ。元気に遊ぶ8人の子供たちの姿を得て、学校は廃校を免れ、島は瀕死の状態から蘇ったのだ。

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