料理研究家・クリコさん“介護食のプロ”の原点は夫の闘病

長年連れ添い、紆余曲折を経ながら、最後は「夫を介護する」という試練と向き合うことになった妻たち。そのとき、夫に何を思うのか。きれいごとだけでは片づけられない複雑な思いを超え、見えてきた「夫婦って何?」の答えに、耳を傾けましたーー。

 

■クリコさん(60・料理研究家、介護食アドバイザー)

 

「病気には負けない。料理研究家のはしくれとしてやってきた私が、この人を必ず元気にしてみせる」

 

’10年5月。結婚20年を目前に、3つ年上の夫・章男さんに肺がんが発覚したのは、くしくもクリコさんの50歳の誕生日当日だったという。

 

「人生の節目を迎えてこれからの期待で胸いっぱいの日に、夫本人からステージ3のがんと告げられ、血の気がスーッと引きました」

 

肺がんの手術は終え職場復帰も果たしたものの、翌年10月には早期の食道がんが、その1カ月後にはステージ3の口腔底がんが発覚。

 

食道がんが早期だったため、まず口腔底がんの8時間に及ぶ大手術が行われた。残ったのは、左奥歯1本だけとなり、体重も一気に7キロ減っていた。

 

「とにかく早く体重を戻し、体力を回復させて、食道がんの手術を実現させなければなりませんでした。そのためにもさまざまな介護食を取り寄せたりしましたが、当時は口に合う商品がなかったんです。なにより、おいしくない。病院からも的確な助言をもらえず、すでに日本は超高齢社会に突入しているはずなのにと、その大きな憤りが、その後のメニュー開発の原動力になりました」

 

お手本となるレシピ本も当時は皆無に近かった。

 

「早く夫の体重を戻さなきゃという焦りと、一日中台所に立ちっ放しの疲れとストレスで、食事をめぐって、夫に怒鳴り声を上げたこともありましたが、よくよく考えれば、いちばんつらいのは彼。料理にばかり夢中になり、いちばん大切な介護される側の気持ちを忘れていたことに気づきました」

 

従来のように、ただ野菜などをミキサーで混ぜて粉々にするのではなく、ひとつの食材をギリギリのサイズまで小さくして煮込む手法で作った“鮭のクリームシチュー”や、思わず章男さんが「クリコ、天才!」とうなったという独自の“シート肉”を使った料理は、夫の食欲と体力増進につながった。

 

「介護食は、家庭料理の延長線上にあるものなんだ! そう気づいたとき、目の前がパーッと開けました」

 

食道がんの発覚から半年後には体重も元に戻り、内視鏡手術も成功。4カ月の自宅療養のあと、念願の職場復帰を果たした章男さんだったが、わずか1カ月後にがんが再発し、「余命4カ月」の宣告。そして’12年11月に、55歳の若さで天国へと旅立った。

 

「わが家は子どももいなくて24時間彼のために使えましたが、これが子育てや親の介護があれば、そうはいきません。そのとき少しでも私の体験が役に立つならと、彼の死から2年後に、介護食アドバイザーの資格も取りました」

 

章男さんが、その命と引き換えに教えてくれたことがある。

 

「少しずつでも食べて体重が戻っていくにつれて体力が戻ると、夫も私も笑顔が増えたんです。おいしく食べることは、ハッピーに生きることそのものなんですね」

 

「女性自身」2020年9月15日 掲載

関連カテゴリー: