黒柳徹子語るシャンシャンの魅力「命名には32万件の応募が」
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「残念ながら、シャンシャンは来年6月には中国に返還されてしまいます。悲しいですが、元気に大人になってほしいです」

 

そう語るのは、芸能界一のパンダ研究者を自認する黒柳徹子さん。

 

東京・上野動物園の人気者といえば、上野生まれのジャイアントパンダ、メスのシャンシャン(3)。12月末予定の中国への返還が、来年5月末まで延期になったことでもニュースになった。

 

17年6月12日、リーリーとシンシンの第2子として誕生したシャンシャン。同年12月19日からの一般公開を前に、観覧希望の応募総数は25万件! 公開後初の祝日だった23日の観覧当選確率は、144倍まで膨れ上がった。

 

コロナ禍の現在、動物園への入園も事前予約制。入園できる人数が限られているにもかかわらず、シャンシャンがいる東園パンダ舎前には連日、行列ができる。

 

パンダはなぜ、こうまで人を魅了するのだろう。パンダが大好きな黒柳さんは、7歳からパンダ研究を始めていたと話す。

 

「アメリカから帰ってきた叔父が、見たこともない動物のぬいぐるみをお土産に買ってきてくれたんです。かわいがりました。ずいぶんたってから、それがパンダというもので、中国のみにいるらしいとわかりました。それから本格的に洋書店に行き、写真集を見て、パンダの写真があると買って、スクラップしていました。生きているパンダを初めて見たのはロンドンです。日本に来る10年くらい前のことでした」

 

パンダ初来日の72年当時、パンダという生き物を知っている日本人はほとんどいなかったそうだ。歴代パンダのなかで、黒柳さんのいちばんのお気に入りは、カンカンだ。

 

「飼育員だった本間勝男さんが、ご飯をあげる裏口のおりのそばに案内してくださったことがあって。おりに近づいたら、カンカンがトコトコ寄ってきて、おりの間から手を出して。私の頭をトントンって触って、なでてくれたんです。『いいこ、いいこ』するように。もう、うれしくて、かわいくて!その様子を見ていた本間さんが、

 

『おーい、カンカン。あっちの姉ちゃん(ランラン)にも関心もってくれよ』って。私は笑ってしまいました」

 

カンカンが飼育員以外の人に親しく近づいたのは、後にも先にも黒柳さんだけだったという。その後、ランランと交尾を成功させたカンカンだったが――。

 

「ランランは、自然妊娠後に妊娠中毒症などの合併症を起こして死んでしまいました。だから、シャンシャンが生まれたとき、私は跳び上がるほど喜びました。うれしかった!」

 

シャンシャンの命名には、選考委員の1人として関わっている。

 

「わずか2週間の間に32万件以上の応募があったんですよ」

 

いちばん多かった名前は「メイメイ」。しかし、メイメイというパンダはすでに存在していて、却下。次に多かったのは「ノンノン」だったが、商標登録されていた。

 

「それで3番目に票の多かった『シャンシャン』になりました。いままでのパンダの赤ちゃんにはない新鮮な感じで、とても気に入りました。小さな子どもでも覚えられるし、漢字の『香香』にしてもかわいいでしょ? シャンシャンをガラスの外から見ていたら、近寄ってきて私の顔に顔をすり合わせてくれたこともありました。あのあどけなさったら、たまらないです」

 

黒柳さんはパンダのかわいらしさに神秘を感じていた。

 

「シャンシャンは中国に返還されますが、機会があったら中国に会いに行きます」

 

数が少ないパンダの繁殖のためにも、未来を背負って中国へ向かうシャンシャン。

 

今まで癒しをありがとう。そして後5カ月間、よろしくね!

 

「女性自身」2021年1月5日・12日合併号 掲載

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