これなら思いきりぶつけられる……車いすがくれたものとは?いろいろな活動ができ、世界が広がり、優しい人間になれた
画像を見る 倉橋香衣選手(35)「ドラマでは車いすの“あるある!”ってシーンも多くて。そんなんまで描いてくれるんや、と感心して見てます」(撮影:須藤明子)

 

■「ほんまに金や、やっぱり銅より綺麗やな~」

 

「ドラマ? もちろん見てます。ただ、こんなこと言ったら申し訳ないんですけど、ドラマ制作に協力してる選手や連盟の人がちょいちょい出てくるので。『あ、いまの誰々や!』みたいな、そんな楽しみ方をしてしまっていて。正直、物語が頭に入ってこない(笑)」

 

兵庫県出身。高校まで体操一筋に過ごしてきた倉橋さんは、埼玉県内の大学に進学後、「体操と同様、宙返りができるから」とトランポリンを始めた。そして20歳、人生を変えてしまう事故に遭う。

 

出場した大会でのウォームアップ中、バランスを崩して頭から落下し頸椎を脱臼骨折。脊椎の脳にもっとも近い部分の中枢神経(頸髄)を損傷してしまったのだ。

 

待ち受けていたのは四肢麻痺という厳しい現実。“生来の楽天家”を自認する倉橋さんは「なってしまったものはしゃあない」と真正面から受け止めた。

 

しかし、母の思いは違った。一般病棟に移ったころ、倉橋さんは母からこう告げられたという。

 

「そもそも私が体操を勧めたから、あんたはトランポリンもやって事故につながった。私のせいや……」

 

涙ながらに語る母の言葉を、彼女は「なんで?」という思いで聞いていた。

 

「体操は好きやったし、体操で首を鍛えてたから生き延びれたんやと思うし、頸髄損傷になったあともこうして動けてるのも、リハビリ頑張れたのも、体操してたおかげやと思ってたし……」

 

きついリハビリも彼女らしく前向きに取り組んだ。復学を目指し、峰島さんも入った国リハに。そこで目にしたのが、車いす同士を激しくぶつけ合う、車いすラグビーの練習風景だった。

 

「それまで体験した競技では、車いすを慎重に操作するよう求められたので。『いいな?、ぶつけても怒られないんや。これなら、思いっきりぶつかれる。やってみたい!』って思いました」

 

こうして、倉橋さんは車いすラグビーを始めた。2017年には、日本代表に女子選手としてただ一人抜擢され、東京、パリと2大会連続でパラリンピックにも出場。金メダリストへと上り詰めた。

 

「パリで金をとった瞬間は……、いまいちだった自分の試合内容が気になってしまって。『金メダルや!』と喜ぶ前に、『こんな感じか』って(苦笑)。

 

でも、表彰式で金メダルが目の前に運ばれてくるのを見て『ほんま金や、やっぱし(東京大会で獲得した)銅より綺麗やな~』って。そこで、初めて喜びをかみしめました(笑)」

 

車いす生活になって獲得できたものについて「たくさんありますよ」と笑顔を見せたのは峰島さんだ。

 

「なにより今回、ドラマの制作に関われたこと。堤さんや山田さんともお話しさせていただきましたから。

 

車いすになって、マイナス面はもちろんありますが、それだけじゃ終わらなかった。塞ぎ込んでいたら、何も起こらなかったかもしれませんが、僕は車いすラグビーを通じ、いろんな活動ができました。

 

それは、僕の人生にとってもすごくよかったと思っていますし、いろんなGIFTをもらえたんじゃないかと思います」

 

倉橋さんは「私のGIFTは、知らなかった世界を知ることができたこと」と話す。

 

「きっと健常のまま生活してたら、何も知らないままでした。以前の私は、障がいのある人が目に入っていなかったというか。自分が車いすになって初めて、世の中にこんなにたくさん、車いすの人がいるってことに気がついた。

 

それだけじゃなく手がない人、耳が聞こえん人、目が見えん人、そういういろんな人が当たり前にそこにいるってことに気づけたこと、そうして自分の世界が広がったことがGIFTだと。結果、私は昔よりもきっと、優しい人間になれたんじゃないかなって思うんです」

 

(取材・文:仲本剛)

 

画像ページ >【写真あり】峰島靖選手(47)「俳優さんたちは撮影に入る少し前から、車いすの動きを練習。なかでも山田裕貴さんはとくに熱心で上達も早かった」(他2枚)

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