「先日、ふだんなら受けない上部消化管内視鏡検査を受けました。上部消化管とは食道、胃、十二指腸のこと。俗にいう『胃カメラ』です。もともと何か異常があったわけではありません。母親がすい臓がんだったため、すい臓がんはいずれ自分もなりうると思い、検査もこまめに受けていました。でも、食道や胃は、正直、自分には関係ないと思っていたのです」
そう語るのは順天堂大学教授の小林弘幸先生。直前に受けたCTや血液検査、MRIはすべて異常なし。内視鏡は麻酔をかけたりと手間がかかるため、検査は受けなくていいと思っていた。だが、なぜか今回に限って「たまには受けてみよう」と思い直したという。しかも、いつも検査を受けている病院ではなく、自分の大学で……。
「検査当日。担当してくれた後輩医師が『先生、異常があります』と言うのです。拡大内視鏡で私も確認すると、食道に腫瘍が。さらに、その腫瘍の血管の走行具合が、がんのそれを思わせるようなものでした。まさか、自分が食道がんにーー?私はこれまで健康そのもので、異常が見つかったのはこれが初めて。そこで初めて、私は自分の死というものに向き合うことになりました」
意外にも、心に湧き上がったのは自分の死に対する悲しみや恐怖ではなかった。それよりも、親を含め、今までの人生でお世話になった人に、きちんと恩を返せているだろうかという不安。そして、妻や身近で世話をしてくれている、秘書の将来への心配だった。
「そして翌々日、たまたま時間が取れたので、早めに腫瘍を切除することに。すると、なんと、腫瘍の大きさは、ボールペンのペン先ほどの、わずか0.5ミリ!一昨日は拡大された画像を見ていたので、まさかこんなに小さいとは思いませんでした(笑)」
通常、早期がんといっても発見できるのは1〜2センチになってから。まるで、奇跡のような超早期発見だった。
「『よく見つけたな!』と後輩医師に聞くと、実は最初はまったく見つからなかったとのこと。しかし彼が、念のために、色素材を散布して反応を見る『色素法』で詳細に調べてくれたことで、発見につながったのです。大学で検査をしなければ、絶対に見つからなかったでしょう」
この小さな腫瘍が悪性か良性かは検査中だが、もし今回検査を受けていなければ、「おそらく私は、2年は放置していたでしょう」と小林先生は話している。この腫瘍が、もしがんだった場合、1年後には早期がんから進行がんに変わっていた可能性も。その場合、5年生存率は20%だ。
「不思議な偶然が度重なり、私の命は救われました。この経験は、私の医師としてのターニングポイントになりそうです」