料理に人生のすべてをかけてきた日本を代表するシェフたちが、人生の終わりに作りたい料理とは、誰のためのどんなメニューなのだろうか? そのときを想像しながら、巨匠が目の前で調理してくれた渾身の一皿。題して『マエストロたちの最後の晩餐』。明日、人生が終わるとしたら、あなたは最後に何を作りますか?
■『分とく山』総料理長・野ざき(漢字表記は“たつさき”)洋光さん
「本当においしい米を食べたことがありますか?」。撮影は野ざきさんのこんな逆取材から始まった。ご飯がある当たり前の日々を、改めて考えてみる。
「日本人が米を食べてきた歴史や食文化を考えたら、米っていちばん贅沢で素晴らしい食材だと思うんです」(野ざきさん・以下同)
たしかに今はグルメ志向が花盛り。どこの店がはやりだとか、あそこは行列だとか、情報があふれている。いつの間にかおいしいという感覚でさえもネットやテレビから得るようになった。
「果たして自分の舌で感じているのかと思うんです」
福島の農家で生まれた野ざきさん。穏やかながら、信念のある説明がストンとふに落ちる。
「味の原点は甘味、塩味、苦味、酸味、辛味の五味に、渋味とかうま味、そして日本人特有の淡味(あっさりした薄味)もある。この八味をバランスよく満たせるのが、僕が最後に日本食のよさを伝えたい料理、定食です」
献立はこうだ。まずは焼きジャケ。それも昔ながらの塩辛いもの。塩味が米の甘味をさらに引き出すという。次は大根と油揚げの味噌汁。日本伝統の発酵食品である味噌と、大根の苦味や渋味、油揚げのうま味を1杯で堪能できる。そして酸味が程よいぬか漬けに、炊きたての土鍋ご飯。香り高く艶やかな米は、何にも代えがたいごちそう。誰かにではなく、自分に作りたいそうだ。
「口の中でほぐすように米を味わいながら、しょっぱいサケを食べる。草むらに座って自然に感動しながら食べたいね。場所? 一番の理想は僕の故郷でしょうね」
【分とく山】
カウンターで端正な日本料理を楽しめるお店として’89年オープン。旬材をふんだんに使った料理はどれも美しく、そしてうまいの一言。’11年よりミシュラン2つ星を連続で獲得。