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世間の50代がさまざまな恋模様を繰り広げる一方で、淡々と、穏やかに営まれる“大人の恋愛”を描いた小説『平場の月』が昨年12月の発売当初から話題に。本作は第32回山本周五郎賞を受賞。作者である朝倉かすみさんも現在50代。作品に投影したその恋愛観についてうかがいました。

 

舞台は埼玉県南西部のとある街。一度は地元を離れるも、再びこの街で暮らす青砥健将は、検査で訪れた病院の売店で中学時代の同級生・須藤葉子と再会する。彼女も夫と死別後、地元に戻ってひとり暮らしをしていた。ともに50歳。検査結果を待つ身のふたりは、景気づけに「互助会」と銘打って近所の居酒屋で飲む約束をする。

 

「小説『世界の中心で、愛をさけぶ』をあらためて読み、愛する女性を失うという枠組みの大人版を書いてみたいと思ったんです」(朝倉さん・以下同)

 

本作で50代の恋愛を題材にした理由について、朝倉さんはこう話す。

 

「さて、大人っていくつだと考えたときに、60歳はわりと死が現実的にそばにあって、40歳はちょっと若すぎる。それで50歳に設定して、物語を組み立てていきました」

 

50代。子育てが一段落し、孫がいる人もいるなかで、「この世代で恋愛?」と驚いて本を手に取った人もいたはずだ。

 

「書き始めて、私自身も“幻想上の50歳”というものが頭にあったことに気づかされました。私は今50代後半で、実際には50をとうに過ぎても『われわれはいつ大人になるんだろう?』という感覚なんですが(笑)、イメージする50歳はすごく大人で、自分よりずっと年が上というか。その感じがあったから、主人公たちが何か新しいことをやろう、恋愛をしようとなったとき、幻想上の50歳が邪魔をするような気もしましたね」

 

小説では、このままもう何もなく人生が過ぎていくと思っていた50歳のふたりが、出会って静かに惹かれ合っていく。

 

「最初はなんでもないようなことでも、かかわりをもって、気持ちが動いたら、自動的に始まってしまう。もうそれは年齢に関係なく。場所や相手によっては、軽率だ、不倫だとたたかれてしまうこともあるけれど、『それって恋だよね。始まってしまったものはしょうがないよね』とは思いますよ」

 

たびたび居酒屋で開かれていた「互助会」がいつしか須藤のアパートに移り、ふたりは過去をぽつぽつと語り合いながら徐々に距離を縮めていく。そんななか、須藤が大腸がんの告知を受ける。術後、抗がん剤治療を受ける間、青砥は一緒に暮らそうと提案した。

 

須藤がストーマ(人工肛門)を装着したり、ストーマのカバーを縫ったりするくだりが、非常にリアルに描かれているが。

 

「ストーマについては取材ではなく、細かく調べた情報を参考にしました。その後、須藤が青砥の勤務先でパートをするシーンがあるんですが、『ここは実際にやってみないと雰囲気がわからないな』と思って、日雇いの派遣に登録して働きに出ました。リサーチしながらお金ももらえるし(笑)。刷り上がった本に汚れがないかチェックしたり、ビニールのカバーをかけたり、歯みがき粉の箱におまけの糸ようじをつけたり……不定期でしたが、3〜4カ月間は働きましたね」

 

では、50代のふたりの恋愛描写については、どこからくるものなのだろう。会話やラインのやりとりが、現実に、すぐそこで行われていそうな生々しさをもつ。

 

「そこは取材できないところなので。このふたりはそれぞれどういう人か、という想像がまずあって、どうやって近づいていくのかが大切なんだけれど、調べるのではなく、書いてみてわかる部分です。ただ、ふたりがどうやって出会うかは考えました。この年だと、素性がわかる人でないと始まっていかないですよね。だから、仕事関係の人とか近所の人、あとは学生時代の人との再会が自然だろうなって。今回は、特別じゃない、普通の人を描きたかったので、特殊な要素は入れていません」

 

普通の場所で営まれる日常、それが平場ということだ。

 

「学生時代の青砥と須藤は、私の高校時代のクラスメート——ちょっとやんちゃっぽい男の子と真面目な女の子のふたりをうっすらイメージしましたが、大人になって再会したあとは、特にモデルはいないですね。彼らが勝手に語ってくれた感じで、書き出したら一度も悩むことなく書き終えました。逆に、下手に取材してしまっていたら書けなかったと思います」

 

須藤と一緒になろうと決めた青砥だが、須藤はそれを拒み、これ以上会わないと言い放つ。「1年間だけ会わずに待つ」と約束し、ひとりの生活に戻った青砥はある日、別の同級生から須藤の「その後」を聞く。

 

このふたりのように、ほぼ誰にも知られず、ふっと始まってふっと消えていく恋は“普通にある”のかもしれない。

 

「年が年だけに、『こんなこと、あんなことがありました』なんてワーワー口に出さないだけで。そっと胸の中にしまって、恋までもいかず淡いままで通り過ぎていることは山ほどあるんじゃないかな、という気がしますよ。周囲も『最近どう?』なんてびっくりするくらい聞かなくなりますし。言わないからわからないだけで、ないように思われがちだけれど……やっぱりあるはずなんです」

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