群馬県の北西部に位置する人口約1万5,000人の中之条町。この小さな町で行われている研究から生まれた歩き方が生活習慣病を予防し、健康寿命まで延ばすとして世界から注目を集め“中之条の奇跡”とまで呼ばれている。
研究を主導している東京都健康長寿医療センター研究所・社会参加と地域保健研究チーム専門副部長の青柳幸利先生が解説する。
「’00年から20年にわたって5,000人を超す人を対象に調査を行ってきました。その結果、1日8,000歩、うち20分間だけ早歩きをすると、さまざまな病気を予防できることがわかったのです」
毎日の歩数が2,000歩未満の人に比べて、8,000歩・20分の早歩きをする人は死因の上位を占める、がんの有病率が4分の1、心疾患が12分の1、脳卒中が15分の1に。生活習慣病の糖尿病や高血圧、動脈硬化の予防もできたという。
中之条研究では65歳以上の人に活動量計を身につけてもらい、1日の活動状況をモニタリングしているという。歩数だけをカウントする歩数計とは違い活動量計は、早歩きと同じ強度の運動時間や歩数を測定できるのが特徴で、中之条町では役場が無料で貸し出している。
役場の保健環境課の唐澤伸子課長がその詳細を教えてくれた。
「研究に参加した人には1日8,000歩、そのうち早歩きを約20分すると、さまざまな病気の予防につながることを伝え、活動量計を装着してもらっています。24時間365日の活動状況を毎月集計する際には、それまでの結果をもとにアドバイスをしたり、健康相談を受けることもあります。病気の予防や健康長寿のためには、その人の体力に応じて運動することが欠かせないのですが、『運動してください』と言うだけでは、なかなか実行していただけません。ところが活動量計をつけて毎日の歩数といった運動量がわかるようになると、多くの人が自ら動くようになり、さまざまな効果が生まれたのです」
大きく変わったのは町の医療費だ。中之条町に住む70〜74歳の昨年5月の医療費は、活動量計を装着していない人と比べて、装着している人が約1万7,000円も安かった。単純計算で年間1人あたり約20万円も医療費が削減されていることになる。
数々の成果を出す毎日8,000歩・20分の早歩き。研究に参加する町民も話を聞かせてくれた。
遠田敏子さん(70)は、毎日30分のウオーキングを5年続けているという。
「最初、1日8,000歩は大変だなと思いましたが、炊事や洗濯、掃除をしているだけで3,000歩ほど歩数は稼げます。あとは散歩で8,000歩に近づけようとしますが、友達と立ち話が始まって中断することもしばしば。ほかは、坂道があれば思い出したようにちょっと急いでみるくらいです。もう少し早歩きを取り入れたほうがいいかもしれません」
青柳先生が補足する。
「早歩きは、運動の強さでいえば中強度というレベルです。中之条研究では、この中強度の運動を1日20分間行ってもらいますが、一気にすることはありません。買い物や通勤中などに早歩きを取り入れてもらい、1日のトータルで20分になればOKなんです。また、中強度の活動は年齢により異なりますが、犬の散歩や家財道具の片付け、階段の上り下り、掃除機がけ、モップがけ、草むしりなども中強度の活動です。早歩きの代わりに、これらの活動を取り入れてもいいのです」
冨澤みさ子さん(66)と済さん(67)の夫婦は、7年前から中之条研究とは別に活動量計をつけ、夕方の散歩を日課にしているという。
「坂道にさしかかると、以前までは“キツそうだな”と思っていましたが、今では“ラッキー”と喜んで上っています。日中にしっかり歩くとくたびれるので、夜はぐっすり眠れます。睡眠の質がよくなりましたね」(みさ子さん)
山に囲まれた中之条町には多くの坂がある。歩くと汗がにじむような坂の勾配も“無料のジム”として利用しているようだ。
「活動量計をつけて運動の質を“見える化”することで自ら工夫して、歩く習慣を身につける人も増えています。たとえば、スーパーマーケットでわざわざ建物から遠くの駐車場に車を止めて歩数を稼いだり、回覧板をまわすときに歩幅を広げてお隣まで行ったり。なかには寝室を1階から2階にしたり、買い物は行きだけ歩いて、帰りは車で迎えに来てもらったりして、中強度の運動をちょこちょこ取り入れている人も。また、お天気が悪くて外に出られない日があっても、1カ月間のスパンでみて、平均の歩数や中強度の活動時間が目標に近づいていればいいので、無理なく自然に続けやすいんです」(唐澤さん)
最後に青柳先生が健康と運動の関係について話してくれた。
質の高い運動を1日20分ほど加えるだけで、がん細胞を殺すNK(ナチュラルキラー)細胞が活性化することもわかっています。運動に意識が向くと、食事や睡眠など健康に関わるほかの習慣にも目がいく。外出も多くなり近所の人たちとコミュニケーションが増えるなど好循環が生まれるのです」
「女性自身」2020年3月17日号 掲載