「誰もが無意識のうちに行っている『飲みこむ』という動作。若いときはできて当たり前ですが、加齢とともに『飲みこむ力』が弱くなると、生命に関わる重大な疾患を引き起こすことがあります。食事ができないほどに衰えると、完全回復はほとんど望めません。気づいたときは手遅れということもあります」
こう話すのは「嚥下トレーニング協会」代表で、耳鼻咽喉科専門医の浦長瀬昌宏先生だ。著書『のどを鍛えて誤嚥性肺炎を防ぐ! 嚥下トレーニング』(メイツ出版)では、最新の知見に基づき、飲みこみ力の鍛え方を解説している。
飲みこみ力とは、食べ物や飲み物をのどから食道に送り込む能力のこと。医学用語で「嚥下機能」と呼ばれるこの能力は、食べる動作の中でもっとも重要だという。
「口の中にものを入れること、咀嚼して食べ物を飲みこみやすいように整えることは、誰かに手伝ってもらえますが、飲みこむことは本人にしかできないからです。飲みこめなければ、食べることはできません」
さらに問題になるのが、異物が気管に流れ込んで起こる誤嚥性肺炎だ。誤嚥性肺炎は現在、日本で急速に増えている病気で、年間約4万人の死因となっている。高齢化で飲みこみ力が弱くなった人が増えたことが一因だ。
健康だと思っている人でも、老化によって、確実に飲みこみ力は弱くなっている。浦長瀬先生が、健常者(平均年齢68.2歳)に内視鏡検査を行うと、47%が飲みこむ反応が遅く、65%が飲みこみきれていない唾液がのどにたまっていたという。問題なく食べることができても、嚥下機能が低下している人は多いのだ。
「飲みこみ力」の低下がわかる10の症状を浦長瀬先生が解説してくれた。
【1】痰がのどによくたまる
「本人は痰がのどに絡んでいると感じているかもしれませんが、内視鏡で見てみると唾液がたまっていることが多いのです」(浦長瀬先生・以下同)
飲みこみ力の低下により、飲みこみきれない唾液がのどにたまり、痰と勘違いしているケースがある。
【2】唾液が多いと感じる
唾液の分泌が多くなっているのではなく、実際は飲みこみきれない唾液が口内やのどにたまっているケースがある。理由は【1】と同じで、飲みこみ力の低下による。
【3】声の感じが変わってきた
声がこもっていると感じるようになったら、唾液がのどにたまっている可能性あり。
「人は声を出すとき、咽頭にある声帯を震わせますが、唾液がのどにたまると声帯のまわりにも唾液が付着するのでうまく振動しなくなります。加えて、きれいに反響しないので、声が変わったように感じます」
【4】食事中や食後にむせるようになった
「飲みこみ力が低下すると咽頭の動きが弱くなるので、食べ物と空気の交通整理が正常にできず、食事中、気管に食べ物や飲み物が流れ込み、むせてしまいます」
また、咽頭の動きが衰えて食道の入口が開きにくくなると、食後も食べ物がのどに残ってしまうことがある。食後にもむせが起こるのは、残った食べ物が誤って気管に入ってしまうためだ。
【5】咳払いが増えた
咳払いには、声帯に付着した異物を外に出すための役割がある。近ごろよく咳払いをすると感じる人は、声帯の異物感からひんぱんに咳払いをしているのかも。
【6】寝ているときに、咳をするようになった
健康な人の場合、寝ていてものどに流れこむ唾液をしっかり飲みこんでいるので問題は起きない。ところが、飲みこみ力が落ちてくると、のどに唾液がたまりやすくなり、唾液が気管に流れこみ咳込むことになる。
「誤嚥性肺炎は食べ物が原因だと考えられがちですが、実際は、寝ている間に細菌を多く含んだ唾液を誤嚥して発症するケースが多いのです。就寝中に咳で目が覚めるという人は注意を」
【7】飲みこむときに引っかかる感じがする
スムーズに飲みこめなかったり、食べ物がのどでつまるように感じたりするのは、飲みこみ力が弱くなっている証拠だ。
【8】のどがつまった感じがする
人は1日約700回、飲みこむという動作を行っている。飲みこみ力が衰えてくると、飲みこむタイミングがずれたり、のどに唾液などがたまったりするので、のどがつまった感じになる。
【9】液体のほうが固形物より飲みこみにくい
「液体は固形物より早くのどに流れこむので、早く反応しないと、気管に流れこんでしまいます。液体を飲んでむせやすい場合は、咽頭が上に動くタイミングが遅れていると考えられます」
【10】食べ物や飲み物が鼻に流れる
食べているときは、口の奥にある「軟口蓋」という膜がふたの役割をして、食べ物や飲み物が鼻に流れこまないようコントロールしている。ところが飲みこみ力が弱くなると、ふたをうまく閉じることができず、鼻へ流れこんでしまう。
「これらの症状は、ほかの病気でも起こりうるので、ひどいと感じる場合は、まず医療機関の受診を。その際にのどに唾液がたまっているか見てもらうと飲みこみ力の確認もできます」
「女性自身」2021年4月6日号 掲載