「日常生活には特に問題のない60代後半の母親が、ときどき記憶障害を起こし、ボーっと一点を見つめることが多くなりました。家族は認知症を疑い、すぐに脳神経内科で検査を受けました。
その結果、予想外にも“てんかん”と診断されました。投薬治療を受けることにより、ほどなくして症状は改善され、今は普通に生活をしています」(東京都在住の40代主婦)
“てんかん”とは、脳の神経細胞に突然生じる激しい電気的な乱れによって繰り返し起こる発作のこと。主な症状は、けいれんや意識障害などで、乳幼児から高齢者まで、すべての年代で発病する。
日本てんかん協会によると、国内の患者数は推定100万人というから、約100人に1人の割合だ。さらに、一生の間に1回あるいは数回だけしか発作を起こさないというような、てんかん周辺群も含めると、その数はおよそ人口の5%になるともいわれており、決して珍しい病気ではないのである。
また、てんかんは、一般的に子どもに多い病気というイメージをもたれがちだが、じつは高齢者になってから発症するケースが近年急増している。昨年、広島大学の研究グループが発表した日本におけるてんかんの年代別発症率をみると、0歳の発症率が最も高く、70代以上がそれに続き、U字曲線を描くようになることが報告されている。
「高齢化に伴い、大体’00年以降から高齢者のてんかん患者が増加しています。特に60歳を過ぎてから多くなり、70歳以降には急増します。高齢者のてんかんは、子どものてんかんとは異なり、より軽症であるため見過ごされやすいという特徴もあります」
こう語るのは、認知症治療・研究の第一人者で、高齢者のてんかん治療に詳しい「メモリークリニックお茶の水」の朝田隆院長。高齢者のてんかんは、けいれん症状がなく、無気力でボーっとしたり、無反応状態になる症状が多いため、認知症と勘違いされることも少なくない。
「じつは、認知症診断で来られる患者さんを詳しく検査すると、20人に1人はてんかんです。認知症と症状が似ているため、見分けがつきにくく、医療機関でも的確に診断されないケースもあるのです」(前出・朝田院長)
高齢者のてんかんは“複雑部分発作”と呼ばれる、発作による脳機能の低下が主な症状だが、けいれんを伴わずあまり目立たないのが特徴だ。
「たとえば、急に動作を止めて、無気力な表情でボーっとする、口をモゴモゴ動かす、呼びかけにも無反応になる、周辺をふらふら歩き回るなどおかしな行動を取る、といった症状が挙げられます」(前出・朝田院長)
発作前に意識がだんだん遠のき、周囲の状況がわからなくなるような意識障害や記憶障害が起こるため、発作中のことを本人は何も覚えていないのだという。朝田院長によると、高齢者のてんかんは脳血管障害、主に脳出血による後遺症が原因で起こることが多いが、原因不明のケースも少なくないという。発作時以外はほとんど普通に生活ができるので、本人はもとより、家族や周囲も気づきにくい病気なのだ。初期段階で高齢者のてんかんを疑う前兆はないのだろうか。
「日常生活の中で、数分~10分程度、部分的に会話や自分の行動の記憶がすぽっと抜け落ちて、覚えていないということが起きます。本人が家族に対して『そんなこと言った?』『そんなことやっていない』といった記憶障害や意識障害が繰り返し見られるようであれば、家族や周囲は、てんかんを疑ったほうがいいでしょう」(前出・朝田院長)
病院にかかる際は、精神科、脳神経内科、脳神経外科を受診することになる。では、どのような検査を経て、てんかんかどうかを判断するのか。
「“脳波検査”です。脳の神経細胞から出るわずかな電流の波を記録し、脳の異常を診断します。発作が起こるときには、いくつかの神経細胞が同時に電気を出すため、てんかん特有の大きな波が現れます。ただし、1回の脳波検査だけでは、てんかんを示す波が出るとは限りません。3回は検査をする必要があります」(前出・朝田院長)
高齢者のてんかん診断では、これまでの詳しい病歴に加え、家族から発作時の様子を細かく聞くことも重要だという。てんかんと診断されたら、治療は主に薬物療法がとられる。
「抗てんかん薬で適切な治療を行えば、多くの場合、1カ月程度で症状の改善が見られます。しかし、認知症と誤診されるなどして、そのまま治療せずにいると、発作の起こる頻度が上がり、記憶障害は進行します。
また、突然の発作によってケガをしたり、事故を起こすことなどが懸念されるほか、アルツハイマー型認知症などほかの病気のリスクが高まることにもつながってしまいます。高齢者のてんかんは50代以降から発症リスクが高まるので、注意してください」(前出・朝田院長)
早期発見には、家族など周囲の人の気づきが不可欠。薬で治せる病気の治療が手遅れにならないためにも、少しでも疑いがあれば、できるだけ早く専門の医療機関を受診するようにしたい。