被相続人(亡くなった人)の財産を、配偶者(夫や妻)や子どもなど遺された家族に引き継ぐ相続。引き継ぐ財産には、住宅や現金など“プラスの財産”だけでなく、カードローンや金融機関からの借り入れを含めた“マイナスの財産”も含まれる。仮に、亡くなった人に多額の借金があった場合は、プラスの財産も含めて相続対象の財産をすべて放棄する『相続放棄』という手段を取ることもできる。
近年、相続放棄を選ぶ人の数は増えている。司法統計年報によると、全国の家庭裁判所で受理された相続放棄の件数は、’22年に約26万件。’95年の約4.2倍で、過去最高となっているのだ。相続に詳しい山本宏税理士事務所代表の山本宏さんは次のように解説する。
「相続放棄は“自分が相続人であることを知ったとき”から原則3カ月以内に家庭裁判所へ申し立てをしなければなりません。戸籍謄本など必要書類の収集、相続放棄申述書の作成をして提出します。
一度手続きをすると取り消しはできないため、正しく理解したうえで手続きを行う必要があります。書類に不備があると申述が認められないケースもあるので、司法書士などの専門家に依頼すると、戸籍謄本の収集や書類の作成を代行してくれます」
ちょっとした行動が“相続の承認”とみなされることもあるため、注意が必要だ。
「葬儀費用を亡くなった人のお金で支払ってしまうなどの行為によって、亡くなった人の権利・義務のすべてを受け継ぐ『単純承認』の意思表示をしたということになると、相続放棄ができなくなってしまうのです」(山本さん)
このほか、財産を相続した後、やがて「あのとき相続放棄しておけば」というケースもあるという。山本さんに、相続放棄にまつわる失敗エピソードを教えてもらった――。
【プラスの財産しか考えず老後資産は結局マイナスに】
夫が亡くなった後、持ち家がある人は、団体信用生命保険(団信)に加入していると、住宅ローンが残っていたとしても保険金から支払われるので、妻はそのまま住むことができる。
この制度を利用し、安心して自宅を相続したと思ったらとんでもない事態が起こったというのは、都内に住む専業主婦のC子さん(55歳)だ。61歳の会社員だった夫の死後、カードローンで借金をしていたことが発覚したのだ。老後資金で借金を支払い、老後の計画が狂ってしまったと嘆く。
「夫が亡くなったときに1千万円程度の住宅ローンの残債がありました。団信に加入していたので、保険金でローンが完済でき、大学生の子どもとそのまま住むことができましたが、問題はその後。夫がカードローンでかなり借りていて、その金額は500万円にもなっていたのです」(C子さん)
お小遣いが足りなかったのか、仕事帰りの飲み代や、趣味の釣り道具など、何でもクレジットカードで買うクセがあったという。C子さんが知らない間に、カードローンで借りていたようだが、明細書はウェブ上で夫しか見ることができなかったそうだ。
「相続をすることを前提に手続きを進めてしまうケースが多いのですが、後から借金が見つかり、大変なことになるケースは少なくありません。どうしても借金を返せないようだったら、団信でローンを完済してから、その住宅を売却して、その資金を返済に充てる方法があります。立地がよければ高値で売却できますし、借金を返しても残った資金で手ごろな中古マンションを購入する方法もありますと、私はアドバイスしています」(山本さん)
しかし、やはり住み慣れた家を手放したくないという人は多い。実際にC子さんも、愛着のある自宅から離れるのは嫌だとそのまま住み続ける選択をした。夫の退職金がまだ残っており、借金は一括返済したが、C子さんの老後資金は大幅に目減りした。
「会社員の夫が加入していた厚生年金から遺族厚生年金を受け取ることはできましたが、月10万円にも満たないので、それだけでは生活が成り立ちません。長い間、働きに出ていなかったのですが、自分が年金の受給を始めるまで働くことにしました」(C子さん)
まさか自分の夫に借金があったとは思いもよらなかったが、事前にわかっていれば「相続放棄」をするという選択肢も視野に入れることができたかもしれない。