三笠宮家の彬子さまが、赤坂御用地内の三笠宮邸に、5月7日から移り住まれた。これまで彬子さまは同じ赤坂御用地にある三笠宮東邸にお住まいになっていた。宮内庁関係者はこう明かす。
「三笠宮邸は、彬子さまの祖父母にあたる三笠宮崇仁さまと百合子さまのお住まいで、2024年に百合子さまが薨去されるまでお暮しになっていました。三笠宮東邸は、彬子さまのお父さまである寬仁さまが2012年に薨去されるまで、寬仁親王邸という名称でした。
今回のご転居は、彬子さまが昨年9月に三笠宮家の祭祀などを担う当主となられたことに伴うもので、妹の瑶子さまは引き続き三笠宮東邸に住まわれます。お母さまの信子さまは療養のため、旧宮内庁長官公邸(宮内庁分庁舎)で長年生活され、現在は建物の改修につき、港区にある高輪皇族邸にて仮住まいされています。
お三方がこのように分かれて生活されているのは、長年にわたる母娘間、姉妹間の“確執”が背景にあります。昨年彬子さまが三笠宮家の当主になられ、信子さまが三笠宮寬仁親王妃家を創設されていますが、同じ屋根の下でお暮しになれないほど、その対立が深刻なものであることを示しているといえます。彬子さまのご転居で、改めてお三方がそれぞれの生活を確立されていくことが決定的になったのです」
彬子さまが住まわれる三笠宮邸には、三笠宮さまと百合子さま、桂宮さまの霊舎(祭壇)があり、瑶子さまが住まわれる東邸には、寬仁さまの霊舎がある。お二人で三笠宮家の祭祀を担われていくことになるわけだが、それぞれの新生活の始まりに先立って、ご姉妹の関係性に変化があったことを窺わせる一幕があった。
それは4月に開かれた春の園遊会でのご様子だった。皇室担当記者はこう振り返る。
「ライトブルーを基調とした色味のお召し物で揃えられた“リンクコーデ”だったのです。近年は一緒にお出ましになる場面でも、お目もほとんど合わされないこともしばしばありました。
しかし今回の園遊会では打って変わり、招待者との懇談で少し間ができたタイミングで、彬子さまと瑶子さまが会話を交わされていたのです。こうしたご様子を公の場で見せられることはめずらしく、距離感に変化があったのではないかと思いました」
前出の宮内庁関係者はこう続ける。
「園遊会が開かれているころには、彬子さまが三笠宮邸、瑶子さまが三笠宮東邸でそれぞれお住まいになる方向性は固まっており、お互いのご生活を尊重し合うという部分で折り合うところが大きかったのではないでしょうか。
また当主となった彬子さまの皇族費は年額約640万円から約1千万円までに増額されたため、三笠宮家のお二方の経済的なゆとりも広がりました。皇族費は日ごろの生活に関わる費用だけではなく、私的に雇われる職員の人件費にも充てられています。増額により、彬子さまと瑶子さまは一層ご活動の幅を広げることができるのです。
こうした生活の変化が、彬子さまと瑶子さま姉妹の関係性にも良い影響を及ぼしているのだと思います」
園遊会での“雪解け”は、彬子さまと瑶子さまの生活における大変化がもたらしたものだったのかもしれない。
画像ページ >【写真あり】仲睦まじいご様子で招待客とお話される彬子さまと瑶子さま(他18枚)
