柿沼家の面々。最前列左から佐千子さん、道之助さん、優助さん。中列左から健治さん、敬子さん、敏治さん、美枝子さん、後列左から正道さん、かお里さん、雅之さん、社員1人を挟んで真央さん(撮影:須藤明子) 画像を見る

「えっ、ウソでしょ!! キャベツ1玉10円って、どういうこと!?」

 

商店街をそぞろ歩いていた女性が、ある店の前でこんな驚きの声を上げて、足を止めた。

 

東京都大田区。京浜急行の梅屋敷駅から西へ延びる「ぷらもーる梅屋敷商店街」。全長555メートルの通りに120店ほどが軒を連ねる、下町風情が色濃く残る商店街。その中ほどに、ひときわ大勢の客でにぎわう青果店があった。

 

レ・アルかきぬま──。

 

売場面積30坪ほどの店に、連日、1500人を超す客が押し寄せている。

 

人気の理由はズバリ、安さ。

 

この日も、女性が驚嘆の声を上げた“キャベツ1玉10円”のほか、店には“サンチュ18円”“ごぼう88円”“絹ごし豆腐28円”(すべて税別)と、物価高のいま、時代が逆行したとも思えるような破格値の特売品が所狭しと並んでいた。

 

冒頭の女性はキャベツを1つ手に取ると、激安の値札にいざなわれるように、店の奥へ奥へと足を踏み入れていく。

 

「大葉が10束で300円!? これもすごく安いよね~、たまごMサイズが220円!? これも絶対、安い。うん、安い安い……」

 

誰に言うでもなく、上機嫌でひとりごちていた女性。気づけば野菜や品物でいっぱいになったカゴを手に、レジの列の最後尾に。その顔からは、じつに幸せそうな笑みがこぼれている。

 

すると、今度はそこに、店の女性スタッフの大きな声が轟いた。

 

「はい、当店総菜コーナーの大人気商品、長芋ポテト! 素揚げしただけ、シンプルだけど、めちゃめちゃうまいからねー。はい、どうぞー、持ってってー!!」

 

威勢のいい売り文句に、思わず手を伸ばした女性。品物でいっぱいのカゴにまた、長芋ポテトが1つ、追加された。

 

「うちの店がいつもにぎわっている理由? それはやっぱり、ものが安いからだろうね。『よいものを安く、お客さまに』が、うちの信条だから。もう、それに限るね」

 

こう話すのは、店頭に置かれた椅子に腰掛け、新鮮な野菜に埋もれるようにしながら、ミニトマトをザルに盛っていたこの店の会長・柿沼道之助さん(86)。「小学校3年生のときからここで仕事をしてきたんだ」と胸を張る、商店街の生き字引だ。

 

「安さの秘密は、何よりまず仕入れ。安く仕入れないことには、安く売れないからね。それから、うちはほら、働いてるのがほとんど家族だから。それも大きいかな」

 

こう教えてくれたのは昨年春、道之助さんから社長の座を譲り受けた長男・正道さん(57)。

 

そう、ここは令和のいまではちょっと珍しい、まるで昭和にタイムスリップしたかのような家族経営の青果店だ。

 

店の裏にある厨房で、早朝から総菜作りにいそしむのが、道之助さんの妻・敬子さん(79)。現社長の長男・正道さんは果物担当。いっぽう、野菜を担当するのが次男の敏治さん(55)。先ほど元気いっぱいに長芋ポテトを売り込んでいたのが、母と一緒に総菜を担当している長女・佐千子さん(51)。そして、長男の妻・かお里さん(54)、次男の妻・美枝子さん(55)、長女の夫・雅之さん(52)と、3きょうだいの伴侶も皆、そろって従業員だ。それどころか道之助さん、敬子さんの孫たち、さらに、その妻までもが店の重要な戦力になっている。

 

孫たちから「ばあば」と慕われる敬子さんは、顔を綻ばせながら、こう話す。

 

「疲れちゃってしんどいときもあるけどね。この年になっても、ちゃんと仕事があって、毎日こうして子どもや孫たちに囲まれて……。そうね、私は幸せよね」

 

敬子さんだけではない。ともに働いている家族はもちろん、激安野菜をゲットできた買い物客まで、ここにいる誰も彼もが満面の、幸せそうな笑みを浮かべている。

 

今回は、3世代の大家族が紡ぐ、笑顔あふれる八百屋さんの物語。そこには“昭和の当たり前”がいまも息づいていて──。

 

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