かつては「不作の83年組」と言われながらも、アイドルとして芸能界をたくましく生き抜き、今は真夏のステージに向け最後の準備に忙しい大沢逸美(60)、桑田靖子(58)、小林千絵(62)、木元ゆうこ(59)、徳丸純子(60)、森尾由美(60)、松本明子(60)の7人(徳丸はアメリカ在住のためライブは不参加)。「お神セブン」として数回にわたりイベントを自主企画してきた彼女たちが、8月22日にシアター1010(東京・北千住)で「83年組アイドル アラ!?還ライブ」を開催する。
今回はメンバーのなかから森尾、桑田の2人に、「お神セブン結成」の裏側、また演出やフライヤー作成など8月のライブに向けた下準備について対談形式で語ってもらった——。
森尾由美(以下、森尾) いっちゃん(大沢逸美)の「同期に会いたい」のひと言で、靖子も番組に呼ばれた一人だったんだよね。
桑田靖子(以下、桑田) 番組出演後の「ごはん食べようね」も、まあ、社交辞令かなと思っていたんだけど、アッコが電話番号を聞いてくれて、すぐあとのライブにも来てくれたんです。私が作った歌を一緒に歌ってくれたのも、最大のエールになりました。
森尾 私は、そのあとのバラエティで久しぶりにいっちゃんと一緒になったときに、番組が終わる間際に「連絡ちょうだい」と電話番号を書いたメモを手渡されて。たしか台本のはしっこかな。昔のアイドル同士の男の子と女の子みたいに(笑)。いちばん思うのは、いいタイミングで再会できなと。もう少し早かったら、お仕事もプライベートも余裕のない時期だったかも。まだ、小学生のお子さんの子育てをしてる人もいたんで。
桑田 私もそう思います。逸美があのとき、「(テレビ番組の事前アンケートに)書くことなかったから」と言いながらも「同期に会いたい」と発信してくれたことがきっかけとなって、偶然に偶然が重なって。私も、その少し前なら活動もしていなかったので、参加してなかったと思うんです。ほんとに、私たちの出会いは神がかっていました。
森尾 いい感じに、みんなが年を重ねていたんだよね。十代のころは、やっぱりイメージも事務所が作ったものだったりもあったと思うんです。靖子やみんなもそうだったと思いますが、私自身、そのギャップはまったくウソではないですが、ちょっと無理もあったと思うので、はっきり変われたのは、やっぱり結婚かなぁ。結婚して、公の仕事の場でも、だんだんプライベートも出せるようになったのは相乗効果というか、自分のなかで公私のバランスが取れたかなと思います。
桑田 お神セブンでも、みんながいろんなことを好き勝手に言ってるときも(笑)、由美Pは全体を俯瞰で見てくれているし、ときには苦い顔も臆せずに見せている。ライブに向けたリハーサルスタジオの選定でも、「もうちょっと知恵を出し合って安いところ探そう」と言うことも。
森尾 そうしないと、自主企画だから全部自分たちに返ってくるので。最初の35周年のときに、「もし赤字だったらどうやって埋めるか」と議論になって、「持ち出しになるかもしれないけど、その覚悟でもやれる」というところから始まりましたから。また、みんなが家庭生活の知恵もありますので、無駄はしないですね。このメンバーがすばらしいと思うのは、そういった努力を惜しまないのと、それを恥ずかしがらないところ(笑)。
私自身、母も専業主婦で、まさか自分がこんな生活をするとは思いませんでした。結婚するときに、いちばん最初に夫に聞いたのは、「仕事を私は辞めたほうがいいですか」と聞くと、彼は「それは君の人生だから、君が考えたらいいんだよ」でした。そのとき、「あれ、私の考えていた結婚とは違うかも」と思ったのは覚えていますね。ですから、子育てもプロのシッターさんに任せるところは任せていましたし、それで安心だったんです。料理も好きじゃなかったんですが、これは結婚するときに私の母から言われた条件で、「母親らしいことを1つだけ決めてやりなさい」と。それで、「お弁当はどんなに忙しくても必ず私か作ります」と決めて、約束を守りました。
13年にお神セブンが結成されたあと、デビュー35周年、40周年という節目で、仲間と共にライブイベントを開催してきた森尾と桑田。そして還暦、アラ還となった現在、自分らしい芸能活動を続けながら、私生活では、ほかのメンバーや同世代の多くの人たちと同様に、親の介護という課題と直面している。
森尾 うちは母がコロナの時期に亡くなりましたので、十分にお世話ができずに介護が終わっていたんです。病院での別れでしたので、その心残りはありますね。父は85になります。元気にしていて埼玉で弟と住んでいるんですが、男の二人暮らしで食事の面などやっぱり心配ですから、1〜2週間に1度は顔を出すようにしています。母が亡くなって5年くらいですが、まだ遺品を片づけられないんですよ。父にやんわりと「整理しようか」と言うと、「お母さんのものを片づけると部屋がスカスカして、おれ、かぜひいちゃう」と。
桑田 いや〜、素敵なお話じゃないですか。
森尾 あと、父親ですから、ちょっとカッコつけるんですね(笑)。弱音を吐かないんですよ、娘には。こないだ、夫がご機嫌うかがいにいったときに、コレステロールの薬を飲んでいると打ち明けたそうなんですが、私にはそういうことを隠すんです。荷物でも、私は持てるのに、「駐車場まで持ってやるよ」と言う。いや、そっちのほうが心配なんだけど、って(笑)。
これが女同士の母だったら、「足が痛いのよ」とか言ってくれるんでしょうけどね。一緒に住もうかという話も、夫も「いいよ」と言ってくれたんですけども、やっぱり地元がいいみたいで。私の孫、父にとっては曾孫を連れていくと元気になるので、実家に行くときは、「ジイジが喜ぶから一緒に行こう」と、付き合ってもらっています。
桑田 私は、80歳になった母が去年くらいからもの忘れなどで、ちょっと「あれ〜」という感じになっていて、今は月の半分くらい、東京と福岡を行ったり来たりの生活になりはじめています。うちも5年前のコロナ禍に父が肺がんで亡くなって、そこから母も弱ってきましたね。これも由美と似ていて、母の近所に弟がいるんですが、頼りっぱなしで彼が倒れてしまっても困るので、私も行って半分ずつですね。
森尾 遠いから、行き来するだけでも大変よね。
桑田 ただ、それがとても幸せなの。お洋服着替えさせたりシャワーを浴びさせたりとかでも、「明日でいいよ」とか、親子だけに言い合いもあるんですけど。終わると「ありがとう」と言ってくれて、2人で外に出て夜空を見上げてたり。わが家には母の名付けた「父の星」というのがあって、それをずっと2人でただただ見てたりとか、飛行機が飛んで行くのを眺めたりして、「私たち、おヒマねえ」と笑い合ってます。
森尾 お母さまには、このうえなく幸福な時間でしょうね。
桑田 母が昔、私にしてくれたことを今度は私がお返ししてる時間が、今、なにより最優先と思っています。こないだ母に「お母さんがいるから、私、帰ってくるとこあるわ」って言ったら、「うれしいこと言ってくれるね」と照れてましたけど。そんな時間を、お神セブンのメンバーも見守ってくれています。
ライブのグッズの交渉なんかをしていても、みんなから「お母さんのこと最優先でいいんだからね」「私も経験したことだから」と、言ってもらえますし。もう15年近く一緒に過ごしているので、みんなが家族というか、順繰りというか。いちばんおねえさんの千絵が、「そのうち、みんなもなるんやで」と言ってて、「ならない、ならない」と言い返してたのが、みんな順番に五十肩になってたり(笑)。
森尾 両親もですが、まずは互いの子供も、みんなずっと見てきてますし。最初は、千絵のところの息子さんが小学校5年生くらいでしたね。
桑田 初めてのみんなの食事会にも連れてきたてよね。
森尾 当時、子育てが大変ななかで、打ち合わせの途中で千絵が飛んで帰っていったりしてたから、成長して就職が決まったときも、親戚のおばちゃんみたいに「よかったねえ!」と大喜びしたりね。
桑田 先日の、由美のメールにもあった、まさに「お神の家族はみんなの家族」だよね。もう親戚のような(笑)。由美のところも4年前に、「お孫さんができて、おめでとう!」ってね。“おばあちゃん”じゃなくて、“グランマ”なんだっけ?
森尾 私はグランマと呼んでもらってるんですが。でもね、夫に言わせたら、「英語なだけで、おばあちゃんじゃないか」と(笑)。
桑田 ハハハ、たしかに。
森尾 孫活でジムも行ってましたが、最近、ちょっとサボってます。実は昨日が孫の誕生日で。ほとんど毎年のように誕生日にはディズニーランドに行っていて。かつて子供たちへのうちの母の接し方を見て、私はよく「甘い、甘い」と怒ってましたけど、今の私がすっかりそれだと。こっちから、「何がほしい?ほしい?」で、手なずけてます(笑)。
だから、余計に元気でなきゃと思いますし、娘のところも夫婦でフルタイムで働いているので、ヘルプできることはしたいし、自分が親にしてもらったことを、今、自分が違うかたちで返しているんだと。なるべく迷惑に、お節介にならないようにとは思っていますが。
森尾は、夫との日米間での“遠距離別居”も話題になったばかりだ。
森尾 それも、みんなにすすめているんですよ(笑)。夫婦でも、お互いに仕事も含めて生活のリズムができていて、それでずっときているでしょう。無理に合わせようとすると、私だけじゃなく彼も自分のルーティンが崩れて違和感もあると思うので、「互いの平和のために距離を保ちましょう」という、前向きな遠距離別居生活です。今は私がアメリカに年に2回ほど行ったり、夫も人間ドックで年に2回帰ってくるので、そんなペースですね。
桑田 いやあ、参考になりますねえ。最年少の私のまわりには、人生の参考になる情報がいっぱいありますから、ぜんぶ聞いとこうと(笑)。
8月の「アラ!?還ライブ」では、これまでにはない注目の演出も予定しているそうだ。
桑田 今回のフライヤーも、デザインしてくださった方が千絵を真ん中にして描いてくれたんですが、それを千絵は「私が真ん中なんて集客にも影響するから」と言って遠慮してる。すると誰もが「いや、いいんだよ」と返して。元々アイドルなのに、みんなでセンターを譲り合う6人ってなんなの!
森尾 このデザインも、誰一人『平凡』『明星』の表紙を飾ってないからこそのアイデアで、憧れと、恨みがこもっています(笑)。
桑田 そう、恨みもね(笑)。ファンの方たちも含めて、かな。でも、それも楽しめるというのは、歳月を重ねてきたからで、今となっては「不作の83年組」と呼ばれたことも、私たちにとってはギフトだったなと。この年になると、意味がないことはないと思えるくらいに、いいことも悪いことも気がつくきっかけになる。
森尾 たしかに、あのころを否定はしてないし、不作でネタになったのはおいしいよね! 「花の82年組」の(早見)優さんとか(松本)伊代さんには「ズルい」って言われたりも。自分たちで「売れなかった」というぶんには、なんの迷惑もかけないですから。「売れてなかったんで」というのをツカミにできるのは強みですね。
今度のライブも、私たちも年齢を重ねて、ついネガティブなほうに行きがちなのを、明るいほうを向きながら元気が出るような、曲もファンの方たちにエールを届けられるようなものを選ぼうと話しています。私たち、売れなかったので、あきらめずに応援してくださった感謝も大きいんですよ。
桑田 親衛隊のみなさんにも、当時の悔しさを晴らしてもらおうとね。
森尾 当時は、ファンの人たちも、「83年組ファンでいるのはうしろめたい」なんて声もあったとか。学校で下敷きに入れてたグラビアも、私たちの写真は82年組や84年組の下に入れられていたかも(笑)。近ごろは、親衛隊の人同士もSNSなどですぐにつながれる時代。互いに声をかけあって、集まってくれたりもしてるようです。最近は“推しカラー”もあるので、これ機に私たちのイメージカラーを作ってもいいかなという声もあったり。もう時間もないのに、アイデアが次々と出てきて、本番までにまとまるのかしら。
桑田 とにかく、ライブ会場では、ファンや親衛隊の方たちには思う存分コールしていただいて。
森尾 はい。当時のように恥ずかしがらずにお願いいたします!
かつての苦難を、いまでは強みに変えて——。固い絆で結ばれた「お神セブン」が躍動するステージがもうすぐやってくる。
画像ページ >【写真あり】当時の顔が初々しい「83年組アイドルアラ!?還ライブ」のイベント告知(他4枚)
