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10日、キリンチャレンジカップのホンジュラス戦に向けて帰国した本田圭佑選手。今年1月からイタリアの名門クラブACミランのエース番号「10」をつけた彼は、当初は思わしい結果を残すことができず、厳しいイタリアのメディアから「歴代最低の10番」などと揶揄されていました。

しかし8月末の今シーズン開幕から7試合6ゴールと大活躍し、得点ランキングでもリーグ1位に。この結果を受け、これまで酷評していた現地メディアも「ACミランにとって欠かせない存在」と絶賛し始めました。その後は体調不良もありゴールから遠ざかっていますが、開幕から11試合連続でスタメン出場を果たしています。

躍進の背景には、彼の巧みなテクニック、広い視野、強靭なフィジカル、豊富な運動量、監督との相性など、色々なことが指摘されています。しかし、ここではより本質的な観点から彼の「挑戦に対する姿勢」について考えたいと思います。以前も話題になりましたが、彼は「将来の夢」と題した小学校の卒業文集にこう書いています。

《ぼくは大人になったら 世界一のサッカー選手になりたいと言うよりなる。世界一になるには 世界一練習しないとダメだ。だから 今 ぼくはガンバっている。今はヘタだけれど、ガンバって 必ず世界一になる。そして 世界一になったら 大金持ちになって親孝行する。Wカップで有名になって ぼくは外国から呼ばれて ヨーロッパのセリエAに入団します。そして レギュラーになって 10番で活躍します》

小学校6年生とは思えない「夢への思い」と実現に向けての「並々ならぬ決意」です。なかでも「世界一になるには 世界一練習しないとダメだ」という言葉からは、これらが単なる夢でなく具体的な目標になっていることがわかります。

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決意をもった瞬間、夢は目標に変わる。決意を持つとは「結果に対する責任を自分で負う」ということであり、そこに言い訳が入り込む余地を自ら取り除くことを意味します。彼の文章には「夢が“叶う”のではなく、自らの努力によって“叶える”」という決意が窺えます。自分の選択が正解かは事前に決まっているのではなく、不断の努力で証明していくという姿勢があるのです。

もし「すべての挑戦が報われる」のなら、誰もが挑戦するはずです。しかし社会のほとんどの人はそうは思っていません。結果、この社会では挑戦する人が少ない。だからここで考えるべきは、何をもって「報い」とするかなのです。

一般の人は、外面的な結果を「報い」とするでしょう。しかし本田選手のように挑戦の真の意味を知っている人なら、あらゆる出来事を「報い」ととらえるはずです。すべての結果を自己の次なる成長に活かしていく。そういう姿勢の人にとって、挑戦が失敗に終わることはあり得ない。たとえ道半ばで挫折することがあっても、それを「成功への過程の一部」と捉えるからです。夢を描き、具体的な目標に変える。決して妥協せず、遭遇するすべてを燃料にしながら目標に向かって突き進む。その姿勢が、本田選手にはあるのです。

そして、もう一つの本田選手の素晴らしいところは「自分の道は自分が決める」という姿勢です。彼は周囲の意見に耳を傾けながらも、人生に関わる最終決定権限は自分にあるということを決して忘れない。自ら信じる道を進む。たとえその先に足跡がなくても、心から信じる道であるのなら進むことを躊躇しない。本田選手が心掛けているのは「道がなければ自分でつくる」ということ。追従する人生ではなく、開拓する人生です。 

彼の姿勢はサッカー選手に限らず、すべての人々にとって大切な教訓になるはず。本田選手の更なる活躍を、これからも応援していきたいです。

 


ジョン・キム 吉本ばなな 「ジョンとばななの幸せって何ですか」(光文社刊・本体1,000円+税)

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吉本ばなな

1964年東京生まれ。’87年『キッチン』で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。’88年『ムーンライト・シャドウ』で泉鏡花文学賞、’89年『キッチン』『うたかた/サンクチュアリ』で芸術選奨文部大臣新人賞、同年『TUGUMI』で山本周五郎賞、’95年『アムリタ』で紫式部文学賞、’00年『不倫と南米』でドゥマゴ文学賞をそれぞれ受賞。海外でも多くの賞を受賞し、作品は30カ国以上で翻訳・出版されている。近著に『鳥たち』(集英社刊)、『ふなふな船橋』(朝日新聞出版社刊)など。

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