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「チラシ配り、行ってきます!」

 

昨年12月25日、クリスマス当日の午後6時過ぎ。師走の街を帰宅する人々が足早に行き過ぎるなか、東京・神楽坂駅前の書店「かもめブックス」の軒先で3人の男女がテーブルを並べ始めた。

 

頬を赤く染めながら、ダッフルコートにトレードマークのバンダナ姿で、早速、路上でチラシを配り始めたのが料理研究家の枝元なほみさん(65)。

 

「まもなく『夜のパン屋さん』のオープンです。都内のお店から、営業終了後に売れ残りそうなパンを買い取って再販売しています」

 

フードロスが地球規模での課題となり、コロナ禍で経済的に追い詰められる人も急増するなか、店は商品の廃棄など“ロスパン”の悩みを解消でき、客は仕事帰りに気軽に買えて、販売員には労働の対価として賃金が出るという、まさに“三方よし”の取り組みだ。各店を自転車などで回ってのパンのピックアップと販売を担当するのは、ふだんは雑誌『ビッグイシュー』を販売している人たち。『ビッグイシュー』は、路上販売というかたちでホームレス支援をすることで知られる。

 

テーブルの上には、食パン350円や菓子パン詰め合わせ750円など、山盛りのパンが並ぶ。価格はけっして格安とは言えない。

 

「当初は、『なんだ、タダじゃないのか』との声もありました。誤解してほしくないのは、売れ残りを無料でもらい受け、たたき売りしているわけではありません。きちんと適正価格で引き取り、販売員さんたちも、新たな仕事としてプライドをもって働いています」

 

値札を貼りながら、いつもの穏やかな口調ではなく、きっぱりと言う枝元さん。長年にわたり、食の現場で出会いを重ね、多くの人とつながっていくなかで、「食べ物を無駄にしたくない」という思いが募り結実したのが、この週後半の夜に数時間だけ開くという、なんともユニークなパン屋さんだった。

 

「きっかけは、ある篤志家の方のビッグイシュー基金への寄付でした。パン屋さんのヒントは、北海道・帯広の満寿屋商店さんが、週に数回、売れ残りのパンを夜間に販売していることを教わって、これを、東京でもできないかと。最初は移動販売車でやろうと思って車も用意したんですが、駐車場の問題などで頓挫しました」

 

そこへ助け船を出したのが、行列のできる人気店として知られるビーバーブレッド(中央区)創業者の割田健一さん(43)だった。

 

「困っている人やホームレスの人たちのために何かやりたいという思いがバシバシ伝わってきて、その場で協力をお約束しました。聞けば、販売する場所も決まっていないという。それで、かもめブックスさんを紹介したんです」

 

枝元なほみの「夜のパン屋さん」コロナ禍のパン廃棄や困窮支援に
画像を見る 『夜のパン屋さん』販売員らと枝元さん(撮影:田山達之)

 

販売員には、ふだんはビッグイシューを売っている男性3人が選ばれ、開店準備が整った。営業は木・金・土曜の午後7時30分からで、売り切れ次第か10時まで。その日にどこのパン屋さんの商品を販売するかなどは、SNSで告知することになった。グランドオープンは、「世界食糧デー」と同じ昨年10月16日。当初3軒だった協力店も、やがて11軒にまで増えた。その後も、枝元さんは、自ら販売の現場に立ち続けている。

 

「私なんて、お客さんが列を作り始めると、もう焦ってヒーッとなっちゃって(笑)、オープン前でも『あるパンから販売しちゃおうよ』と言ってしまうんですが、販売員の彼らは『時間厳守。ルールをきちんと守らないと、逆にお客さんに失礼ですよ』と。厳しかったり、やさしかったり、これまでの人生でいろんな苦労をしたんだなぁと思うんです。『2年前は外で寝てたけん』なんて聞くと、ここが終わったら、どこへ帰るんだろうと考えて、特に雨や雪の日は、いろんな人のことが心配になります」

 

オープン以来、順調に動きだしていた夜のパン屋さんだったが、現在は緊急事態宣言をうけて休業中だ。冒頭のクリスマス当夜の営業時もコロナの影響がますます強くなっているのが感じられた。

 

「風邪、ひかないでくださいね、コロナも収まらないしね」

 

当時、お客さんの側からも、そんな声かけが多く聞かれた。枝元さんは、

 

「女性にも働いてもらえたらなあと思うんです。コロナ禍のなか、飲食業等にパートなどで携わることの多い女性の負担が大きくなっていると聞きます。パンを買うのさえ経済的に大変かもしれません。だったら、話をするだけでもいい。話しかけにくいかもしれませんが、だいじょうぶ。私、もう60歳を回ったからには、怖いものなしのおばちゃんパワーで、もう勝手に、こちらからガンガン声かけしますから」

 

冗談っぽく口にしたあと、再び真顔に戻って言う。

 

「感傷だけじゃありません。そうした出会いを、なんとか仕事などにつなげられないかとの野望も、私、ありますから。今は思うんです。35年間、料理の仕事をやってきて、誰も飢えさせないのが私の仕事かと」

 

気温7度。寒風吹きすさぶなか、すでに閉店しシャッターも下りた書店の軒先で、ぼんやりともった夜のパン屋さんの明かりが、そこだけ、とても温かく感じられた。

 

(撮影:田山達之)

 

「女性自身」2021年2月23日号 掲載

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