腹にとどろく声で舞台を震わせる 画像を見る

「それでは、お時間の見えますまで!」

 

若手浪曲師・港家小そめさんの、ひときわ大きな声が場内に響く。このひと声が、演題が始まる合図だ。すると、上手に座る曲師・玉川祐子さん、待ってましたとばかりに三味線を構え直し、バチをサッと動かした。同時に、気合の入った掛け声を、甲高く発する。

 

「イヨーーーッ!」

 

22年8月の東京・浅草。浅草寺のすぐ脇にある「木馬亭」では、真夏のこの日も、日本浪曲協会主催の定席が開かれていた。開演はお昼、12時15分。120ほどの座席に対し、この日の入りは3割ほど。エアコンの効いた場内には高齢の客に交じって、チラホラと若いファンの姿もあった。2組目に舞台に上がったのが、小そめさんと祐子さんのコンビだった。

 

浪曲ーー。「浪花節」とも呼ばれる日本の伝統話芸。同じ話芸でも、それぞれ1人で舞台を務める講談や落語と違って、こちらは「語り」を担う「浪曲師」と、それを盛り上げる三味線の「曲師」、2人で芸を作り上げる。

 

通常、舞台上手の曲師の前に、客席からの目隠しに設えてある衝立が、この日は本誌の撮影のため、特別に外されていた。そう、今回の主人公は曲師の祐子さん。

 

「こっち(右)の目は全然、見えないの。こっち(右)の耳も。鼓膜がないんだから。そんで三味線、弾くんだから、図々しいねぇ(笑)」

 

後日のインタビューで、さも愉快そうに話してくれた彼女は、御歳99歳、現役最高齢の曲師だ。

 

戦前の日本で、一世を風靡した浪曲。将来のスターを夢見た祐子さんは、親の反対を押し切って、17歳でこの世界に飛び込んで以来、舞台に立ち続けた。先月末には彼女の半生を綴った本『100歳で現役! 女性曲師の波瀾万丈人生』(光文社/書き手・杉江松恋氏)も出版された。

 

7年前、夫で浪曲師だった玉川桃太郎さんが亡くなるまで、祐子さんたちは夫婦でコンビー浪曲では「相三味線」と呼ぶーを組んでいた。桃太郎さん亡き後は、もっぱら、孫ほど年の離れた小そめさんの相三味線を務めている。

 

「いまはひとりになって、寂しいったら寂しいけどね、かわいいこの子(小そめさん)らがいるでしょ。物に例えたら申し訳ないけど、私にとってはほんと、宝物ですよ」

 

その「宝物」小そめさんとの木馬亭の舞台。節を歌い上げる小そめさんに向かって、相槌を打つように「イヨーッ」「ハッ!」と、年齢を感じさせないハリのある声と、力強いバチ捌きで応じる祐子さん。

 

来月1日、彼女は100歳の誕生日を迎える。

 

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