12月1日、大阪府堺市の自宅で倒れているところを発見された象印マホービン元副社長の尾崎宗秀さん。ラップのようなもので顔を覆われ、手足は縛られていた彼は病院に運ばれるも、間もなく死亡。享年84、死因は窒息による酸素欠乏だった。なぜ彼は事件に巻き込まれてたのか。30年来の付き合いのあった、自治会会長の森昌弘さんが語った――。

東大を卒業後、旧三和銀行に入社。その後、象印マホービンに迎え入れられ、副社長になった尾崎さん。エリート街道を歩んできた彼の資産は莫大なものになっていたという。

「賃貸マンションなどの不動産をいくつも所有していましたし、自宅には重要無形文化財の結城紬や有価証券、掛軸や絵や宝石までお持ちでした。あれだけのものを持っていて、20億や30億ではすまんでしょう。全部合わせると、100億円はくだらなかったと思います」

発見された自宅も地元では有名な豪邸だった。2階建てで16部屋はあるというその家に、尾崎さんは一人で住んでいた。

「3年ほど前に奥さんが脳内出血を起こし、認知症の症状も出始めたんです。それで尾崎さんは奥さんを介護老人ホームに入所させることにしたそうです。お子さんはいらっしゃらいませんでした」

自宅から30~40分ほどの距離にあった妻の老人介護施設に、尾崎さんは週に何度も通っていたという。夫人を見舞ったことがあるという、森さんの奥さんはこう語る。

「ご主人は奥さんに近況を事細かに話されていましたね。奥さんは楽しそうに聞いていました。ある日、奥さんが楽しそうにしているので、『どうしたんですか?』と聞いてみたんです。すると、『今日、主人が来てくれる日なのよ』と笑顔で答えていました」

豪邸でひとり暮らしながらも、亡くなる前日も奥さんを見舞っていたという尾崎さん。夫がいなくなってしまった今、ひとり残された夫人は何を思うのだろうか――。

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