「お母さんはいっさい自宅の外に顔を見せず、ひっそりと過ごしています。あれだけ信用していた子どもに裏切られたんですからね……」(森口尚史氏の実家近所の主婦)

iPS細胞から作った心筋細胞を、世界で初めて心臓病患者6人に移植したと発表した東大医学部付属病院特任研究員の森口尚史氏(48)。しかし、実際には6例の手術のうち5例は行なっていなかったことを自白。東大は大学の名誉を著しく傷つけたとして、10月19日、彼を懲戒解雇した。

森口氏はなぜここまでウソをつくようになったのか。彼の実家は、奈良県奈良市の郊外にある。築30年ほどの一戸建てで、ガレージのなかにはバイクが2台あるだけで、車はなかった。彼はここで男3人兄弟の長男として育ったという。

「彼が高校生のころ、ここにお家を建てました。そのころから『将来は医者になる』と言い始めたみたいです。『親族に医者がいるわけでもないのに志が高い』ということで奥さんもやる気になり、パートに出るようになりました。ご主人は塗装業というか内装業をされていましたが、医学部入学のためにはかなりのお金が必要ですからね。塾や学費を捻出するために、奥さんは相当、大変な思いをされたそうですよ」(前出・近所の主婦)

京大医学部への入学に固執し続けていたという森口氏。だが結局、仮面浪人時代も含めて6浪の末に合格したのは、東京医科歯科大医学部保健衛生学科だった。95年、財団法人医療経済研究機構で勤務し始めた森口氏は、その後、99年に東大先端科学技術研究センターの協力研究員に就任。00年からは客員助教授、06年には特任教授に。10年には東大医学部付属病院の特任研究員として勤務するなど、遅れを取り戻すかのように奮闘を続けた。

このころになると、彼の虚言癖は周囲を巻き込むほど大きくなっていた。森口氏の母親は、近所の住民に「息子が医者になったの!」と自慢していたという。

「息子さんから聞いた話を、いつも笑顔で話されていました。『今はすごい医学の研究をしているみたい』と言ったと思えば、『もしかしたら将来、ノーベル賞を獲るかもしれない』と喜んでいたこともありました。気持ちはわかりますよ。だって、高校から大学を出るまでの15年間、お母さんがつらいパートの仕事に耐え続けていたのは、すべて彼の成功のためだったんですからね。息子から成功談を聞くことが、よほど嬉しかったんでしょう」(近所の住人)

森口氏を知る近所の住民は、母親との関係についてこう語る。

「普通は仕事の話なんて、母親に逐一話したりしないものです。でも彼は、“お母さんっ子”でした。母親が喜ぶ顔を見るのが、彼もまた嬉しかったようです。そうしてウソをつき始めていくうち、取り返しのつかないところまで来てしまったのではないでしょうか」

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