博多座、昼の部の休憩時間。隣で観劇をしていたご夫婦が話す声が聞こえる。「勘九郎さんはお父さんそっくりになってきたわねえ」。たしかに中村勘九郎の何かが、亡き父・勘三郎さんにすごく似ている。
「いやね、自分自身では似ているとは思わないんですよ。逆に七之助のほうが、お酒の飲み方だとか人との接し方だとか、あと足音なんかはもうそっくりですよ。ただ、芝居に関しては父をいちばん尊敬しているし、真似というか芸を盗むというか、研究をしています。特に父の間は意識的に勉強していますね」
そのいちばんの手本がもういないことが「困る」という。
「過去の映像は残っていますけど、映像を見てするのと、実際に聞きにいって稽古をするのとでは全然違うんです。芸っていうのは、そうやって直接聞いて、伝わっていくものだから、そこは困るというか。まだまだ父に教えてもらいたいことがたくさんありましたから……」
そのようにして、伝えられてきたものを自分が次に伝える役目もある。一人息子、七緒八(なおや)くんは今月22日に2歳を迎える。
「先輩たちから教わったことを、変な伝言ゲームにしないように、忠実に息子に伝えていきたいですね。ぼくは伝統とか伝承って言葉はあまり好きじゃないんですけど、だけども、『誰々のおじさまにこうやって習ったんだよ』って言われながら何かを教わる時間は、すごく美しいっていうか、美しいところにいるな、って思うんですよ」
その連綿と続く営みが、江戸から今日に歌舞伎をつなぐ。
「もしも自分の子供のときや孫のときに歌舞伎がなくなったら、と思うと不安になります。これまであったから、これからも当たり前にあるなんて思うのではなくて、危機感をもって、常に発信して、守るのではなく攻めていく。それをずっとやっていたのが父ですから」