■「女がキレイになるって大変で難しい。でも、それが何よりも楽しいのよ」
メークにこだわる桂子さんだからこそ、コロナ禍は気分がガクンと落ちたという。
「コロナ禍では、毎月40本以上売れていた口紅が1年でたったの4本しか売れなかった。売り上げが下がることよりも、みんなマスク生活で『化粧をしなくてもいい理由』ができた。それで手を抜く人が増えたことがショックでした。その反動で、今は、ほうれい線のケアの仕方を忘れたとか、ファンデーションは何を選べばいいかわからないという相談ばかり。女性も50歳を過ぎると、メークにかける時間が3分という人が増えてきます。私みたいに1時間かけろとは言いませんが、オシャレが存分にできるのは平穏だからこそ。もっと美しくなることに貪欲になってもいいと思います」
新見に帰って41年、桂子さんを横で見守ってきた、安達太陽堂社長を務める、夫・俊二さんが語る。
「売り上げも桂子にとっては大事なことかもしれませんが、それ以上に、目の前のお客さんにとって大切なモノは何かを見つけて、それを提供できることがいちばんの彼女の喜びじゃないかな。言ってみればお節介。ただし、そのお節介を徹底してやっていることがすごいと思います。まあ、私はそのお節介をされた記憶がないけど……」
娘の綾さんは、母である桂子さんをこう見ている。
「店では美容のプロですが、実は天然ボケで家ではいじられキャラ。とくにカタカナが苦手でいつも家族に突っ込まれています。アナフィラキシーショックも何度注意しても『あなひらきー』と間違う。それでもお客さんに伝わればいいと思っているし、そんな母を許してくれるお客さんばかり」
さらに綾さんはこう続ける。
「小さいときは、母にはエプロン姿で待っていてほしいと思ったことも。私は、祖父(謙吉さん)が薬剤師として店頭に立てなくなり、急きょ、大学院をやめて帰ってきたので、店を継ぐという決意はあまりなかったんです。でも、裏表がなくて、楽しみながら仕事をしている母と一緒に店に立つようになって、結果的にこの仕事が向いていると思えるようになりました」
桂子さんが母から渡されたバトンは、綾さんに渡される。さらに綾さんの一人息子で、桂子さんの孫の颯大君(9)も、夢は薬剤師になって店を継ぐことだと、学校の学習発表会で“宣言”したという。桂子さんが目を細めて語る。
「頭にタオルを巻いたスッピンの私に、颯ちゃんが『バアバが“おばあちゃん”になるのはお風呂から上がったときだけだね』と言うんです。まだまだ、女心をわかっていないわね。でも、夏前に紫陽花の剪定を手伝ってもらっていたとき、『来年キレイに咲かせるためにはこの枝を切らないといけないのよ』と教えたら、『キレイになるって大変だし、難しいね』と不思議そうな顔をしていました。美を作るには褒めてばかりでもいけないし、花を育てるように、難しい。けれども、それが何よりも楽しいことだと、颯ちゃんがわかるときも来るのかしらね」
そう言って桂子さんは「ふふふ」と笑う。彼女の“お節介”は、まだまだ終わらない。愛ゆえに厳しい美容指導の声が、今日も、安達太陽堂の店内に響いている。
(取材・文:山内太)
画像ページ >【写真あり】「悩みを本人の口から話してもらうまでが、大変。そのスイッチを押すために、まずはお客様を褒めて差し上げることからですね」と長谷川さん(他3枚)
