人生において訪れるさまざまな転機。なかでも“大きな病気”と向き合うには相当な覚悟が必要です。ここでは、「がん」を経験したことが、その後の生きる糧となった方のお話を紹介。葛藤の日々の先には“新しい私”との出会いがありました。
■塩崎良子さん(39)・「TOKIMEKU JAPAN」社長
「がんになり、いつか、その他大勢の“患者さん”になってしまって“私”がいなくなっていることに気付いてがくぜんとしました。その体験が、再びビジネスで頑張ろうと思えたきっかけです」
塩崎良子さんが六本木のセレクトショップのバイヤーを経て、結婚式のパーティドレスなどを扱うショップを中目黒にオープンさせたのが29歳。
「買い付けで乗った国際線の飛行機の中で見た『SEX AND THE CITY』が洋服レンタルのヒントになったんです」
まさに順風満帆にビジネスも人生も動きだしていたが、33歳で乳がんに。右乳房の全摘出手術に迷いはなかったが、思いかけないジレンマに陥る。
「結婚式衣装のハッピーなイメージと、私のがんを取り巻く暗さとのギャップに苦しんで、治療1カ月で店を閉めました」
入院中、女性主治医に依頼されて、院内ファッションショーを企画、成功させたことが転機に。
「患者のみなさんも、私自身もイキイキとした表情を取り戻していて、よし、得意な分野で再起しようと、入院患者用のアパレルメーカーを作ろうと決心しました」
退院後、再起業を目指しビジネススクールへ通い、’16年7月、TOKIMEKU JAPAN設立。翌年には、ケアブランド「KISS MY LIFE」を立ち上げた。
「薄暗い蛍光灯の売店で売っている、色のない患者用衣類のイメージを一変したかった」
帽子や車いす用スカートなど、“塩崎ブランド”のケア介護商品には、カラフルな生地にチョウや花、リボンがちりばめられている。いちばんの売れ筋は、“ボンボンステッキ”と名付けたつえ。
「がんになって、私らしさを考えなおしたとき、小さな個性の積み重ねとわかったんです。その1つの表現がファッションです」
院内のワゴン販売からスタートして、現在は関東の国立大学病院など8カ所での販売と通販も。
「今後、男性のケア介護ファッションも手がけたい。奥様たちも、旦那さんには闘病中もステキでいてほしいですよね。明るい洋服を身につけることで、気持ちが軽やかになることもある。かつて、私自身がそうでしたから」
「女性自身」2019年12月24日号 掲載