がん患者を理解する緩和ケア医でさえ、患者になって初めて気づく苦しみがあった。昨夏の取材でそう語った大橋さんに、今年も、がん患者としての思いを聞くことができたーー。
「先日、激しい腹痛で人生初の救急搬送を経験したんです。どうも、一昨年のがんで胃を摘出したことが、影響しているようで。体調が悪くなっていると感じる一方、肝臓に転移したがんの影が薄くなっている箇所もあって。毎日が一進一退の繰り返し、という感じです」
こう話すのは、10万人に1人の希少がん・ジスト患者で、愛知県JA厚生連 海南病院の緩和ケア医の大橋洋平さん(56)だ。
「今でも週4日、午前中だけですが“専属秘書”(妻のあかねさん)に車で送り迎えしてもらって、緩和ケア希望者への予約面談外来をしています。がん治療にはお金がかかりますから、できる限り働かないと(笑)。でも何より、がん患者の私が面談することで、共感してくれる患者さんやそのご家族がいますし、私自身も生きる力をもらえるんです。ヨメさんや息子は『無理しないで』と思っているはずですが、わがまま放題に“患者風”を吹かせて、しぶとく生きています」
こうした生き方をつづった著書『緩和ケア医が、がんになって』に続き、9月18日『がんを生きる緩和ケア医が答える 命の質問58』(ともに双葉社)が出版される。
「前著を呼んで、前向きに生きられるようになった、という子宮がん患者さんの声に背中を押されて、勤務先の病院や講演後のアンケート等で寄せられたがんに関する質問に、本を通じてお答えしました」
がん患者や家族のために、何かメッセージを残したいーー。そんな思いから、本誌の質問にも一般論ではなく、医師で患者、そして父で夫でもある大橋さんの“がん患者としての本音”をぶつけてくれた。
【Q1】抗がん剤治療中の夫が、「こんなにつらいなら死にたい」と訴えます。治療を続けないとダメですか?
【A】治療の副作用と、生活と生命のバランスをみて本人に判断させて
この旦那さまが望まれていることは「つらさをとるために死にたい」ではなく「つらさをとって生きたい」ということだと思います。
食事ができなくなるほど、抗がん剤の副作用がひどい患者さんの中には「治療をやめて、楽になった」と喜ぶ人もいますから、それも一つの選択肢でしょう。
私も毎日服用する抗がん剤は通常の半分しか飲んでいないのに、お尻の粘膜がただれて、トイレの温水洗浄のたびにヒリヒリします。口角も切れてしまい、「おー」は言えるけど、痛くて大きく口を開く「あー」は言えません。
でも、つらいながらも、こうやって話すことも笑うこともできる。私の副作用は、今のところ生活や生命を脅かすレベルではないのです。だから、治療を続けられているのだと思います。
もし、私が治療をやめる決断を迫られるときがきても、それは家族にやめるよう説得されるのではなく、自分で決めさせてほしいです。自分の命ですから。
【Q2】がんになって、穏やかになった友人がいます。いったい何があったのでしょう?
【A】私も感謝の気持ちが強くなり、「今、必要とされること」を優先するように
医師という仕事において、以前は効率やルールを重視していました。だから、数カ月待ちの緩和ケア病棟にすぐ入院したいと直談判に来た患者さんご家族を、看護師が帰してしまったときも、「それでいい」と考えていました。
でも、自分ががん患者となってあのときを振り返ると、どうにか時間を作って話だけでも聞いてあげられなかったのかと、後悔の念で胸が締め付けられます。だから今は、急な相談でも、可能な限り対応するようになりました。
がんが発覚した人の多くは、一度は“もうダメかも”と、身近に死を意識するものです。
がんになるまではそんな状況になったら“競馬の単勝に100万円注ぎ込もう!”と考えていました。けれど、いざ“命は有限”だと痛感すると、そんなことより、ただただ生きられることに感謝しよう、“今”を大切にしようと考えていたんです。
それは、人間が持っているいい面なのではないでしょうか。
【Q3】がんを治療中の夫。どうやって生きる希望を持ってもらえばよいでしょうか?
【A】大きな夢より、小さな目標を持ってはどうでしょうか
“夢”はずいぶん遠くにあって、時間をかけてかなえるイメージがあります。残念ながら、がん発覚から1年たたないうちに転移した私には、そのような夢は持てません。
でも、人間は希望を失うと生きにくい。だから、何カ月も先ではなく、もっと簡単に実現できる“目標”を持つようになりました。
私は車が好きなので、老後、日本全国を気ままにドライブするのが夢でした。でも今は、住まいのある三重県内を、ヨメさんと半日旅行どころか、4分の1日旅行をするので精いっぱい。けれどそのおかげで、元気なころのように高速道路をとばしていたら気づかなかった、小道の草花の美しさにも気づくことができました。
小さな目標をかなえていくことで、一日一日を大切に生きることができるのではないでしょうか。この取材も、発売日までは生きるぞ! という目標になっています。
【Q4】死ぬのは怖くないですか?
【A】死の瞬間は怖いものではない。死後には次の世界が待っていると考えています
死生観は100人いれば、100通りあります。私自身「まったく怖くない」とは言い切れませんが、32年間、医師としてさまざまな臨終に立ち会ってきて、死の“瞬間”は眠るようなもので、決して怖いものではないと感じています。
とはいえ、死後について考えるようになったのはジストになってからです。今では人間は死んでも、無になるのではなく、なにがしかの世界にいくと考えています。
ちなみに、私が死んでも、家族には長生きして私の見られなかった世界を見てもらいたい。あの世で話を聞かせてもらうのです。
がんは2人に1人が罹る病いといわれている。自分はもちろん、家族や友人がなってもおかしくはない。そんなとき、“しぶとく”生きる大橋さんの言葉は、われわれががんと付き合って生きていく際のヒントになるはずだ。
「女性自身」2020年9月22日 掲載