ハーバード大学元研究員で、ボストン在住の内科医、大西睦子さんが経緯を解説してくれた。
「神経科学を専門とするヴァンダービルト大学のマシュー・シュラグ氏は、ある認知症の治療薬を調査する過程で、レスネ氏らの論文内の実験結果を記録した画像に違和感を持ちました。『サイエンス』の協力を得て、画像の専門家らと調べたところ、複数の画像につぎはぎや加工の痕跡が見つかったのです」
捏造が疑われる論文内の画像は70枚以上に及ぶという。
「記事内で専門家らは『衝撃的なほどあからさまな改ざん』『仮説に合うように画像を加工したのかもしれない』などと指摘しています。実験結果のみならず、『Aβ*5 6』の存在そのものにも捏造の疑いが生じたのです」(大西さん)
仮説に合うように画像を加工するのは、2014年に理化学研究所の研究員が発表した「STAP細胞」の論文でも行われた手法。しかし、発表後すぐに疑いの目を向けられた“STAP論文”と違い、レスネ氏らの論文は16年にもわたって、真正なものと考えられてきた。
「この論文は別の2千300もの論文に引用され、数十億ドル(数千億円)の研究費を費やしてきたアルツハイマー研究の指針となってきたと指摘されています」(大西さん)
■治療薬ができないのは前提が誤っているから?
これまで「アミロイドβ仮説」をもとに、アルツハイマー型認知症の治療薬は研究されてきたが、成果は芳しいものではなかった。
「複数の製薬会社が、アミロイドβ抗体薬の開発を進めましたが、アミロイドβの減少が認められても、認知症を改善する効果は見られませんでした」(上さん)
2021年、アメリカ食品医薬品局(FDA)が、米国のバイオジェン社と日本のエーザイが開発した「アデュカヌマブ」をアルツハイマー型認知症の治療薬として承認したことが話題となった。しかし、「治験の結果から、効果に疑問符がついていた」(上さん)という。
「FDAの諮問委員会も証拠が不十分として承認に否定的な判断を下しました。しかし、それでも新薬が承認されたことで委員3人が抗議の辞任をしています。有効性への懸念から、米国では多くの保険組合が医療保険の対象外としたので、ほとんど普及もしていません」(上さん)
今回の論文捏造の告発を受けて、治療薬に成果が出てこなかったのは、開発の前提となっている「アミロイドβ仮説」が誤っているためではないかと指摘する声も多いという。