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<認知症の治療薬の開発のため、さまざまな国や企業が投資してきた数千億円もの研究費と、16年の歳月が無駄になってしまうかもしれない>

 

いま、医学会にこんな動揺が広がっている。きっかけは、7月22日に、米国の科学誌『サイエンス』にある記事が掲載されたことだ。医療ガバナンス研究所理事長で、内科医の上昌広さんがこう解説する。

 

「2006年に米国で発表されたアルツハイマー型認知症についての重要な論文が捏造ではないかという指摘をしたのです。この論文は治療薬開発の重要な前提のひとつです。それまでの研究が根底から覆ってしまう可能性が出てきました」

 

現在、国内に700万人ほどいる認知症患者のうち、約7割がアルツハイマー型だと推定されている。アルツハイマー型認知症は、脳の神経細胞が減っていくことで、脳が萎縮し、認知機能が衰えていく疾患だ。患者の脳にはアミロイドβとよばれるタンパク質が蓄積することが確認されている。

 

■STAP細胞の論文と手法は同じ

 

「1984年にアミロイドβは発見されましたが、この蓄積が原因で認知症になるのか、あるいは認知症になった結果、蓄積が起きるのか、両方の考え方がありました。しかし、近年はアミロイドβが認知症を引き起こしているという『アミロイドβ仮説』が、もっとも有力だとされています」(上さん)

 

アミロイドβは健康な人の脳内にも存在していて、体内の酵素の働きによって分解され排出されている。だが、何らかの理由で正常な分解がされなくなると、複数のアミロイドβが結合したオリゴマーという物質が生まれて脳内に蓄積していってしまう。

 

このアミロイドβオリゴマーの毒素が、神経細胞を傷つけ、アルツハイマー型認知症を起こしているとするのが「アミロイドβ仮説」だ。

 

「この仮説の根拠のひとつが、2006年にミネソタ大学のシルヴァン・レスネ氏らが英国の学術誌『ネイチャー』で発表した論文でした」(上さん)

 

この論文によると、レスネ氏らの研究グループは認知症を引き起こすアミロイドβのオリゴマーを見つけ、Aβ*56と名付けた。これをラットの脳に注入したところ、認知機能の著しい低下が認められたとしている。上さんが続ける。

 

「つまり、このタイプのアミロイドβがアルツハイマー型認知症の原因となりうることを、実験で裏付けたということになる。しかし、この研究結果が捏造によるものだった可能性が高くなったのです」(上さん)

 

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