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「私が講義を始めた’15年は、受講者は6人でした。少人数だった分、密にコミュニケーションが取れて内容の濃い授業ができたと思います。そして2年目、少し増えるかな、それでも10人ぐらいかな、そんなふうに思って教室に来てみたら……」

 

そう話すのは山田真美さん(56)。インド中南部、テランガーナ州にあるインド工科大学(IIT)ハイデラバード校。近年、IT分野で世界を席巻しているインド。そんなIT大国を牽引してきたのがIITだ。山田さんは’15年から同大学の客員助教授を務め、特別講義を行っている。講義のタイトルは「日本におけるインドの神々」。2年目に山田さんの特別講義を受けに集まった学生はなんと164人。たった1年で受講者は30倍近くに膨れ上がった。

 

「インド人はとても愛国心が強い。自分たちの神様が遠く離れた日本で大切にあがめられているという事実(『弁財天』はインドの女神『サラスヴァティ』が元になっているなど)が、彼らのプライドをくすぐるのでは」(山田さん・以下同)

 

山田さんが初めてインドを訪れたのは29歳のとき。インド文化交流評議会から招聘され、インド全土を3カ月にわたって取材旅行をした。インドの第一印象を「インドの第一印象?本当に疲れる国ですよ。毎日、喧嘩です。それはもう、いまも変わらないけれど(笑)」と語る山田さん。それを皮切りに、その後も幾度となくインドを訪れ、’96年に、デリー大学大学院の哲学科に留学。このときは6年間、日本画家の夫・眞巳さん(78)と2人の子どもの4人で首都・ニューデリーで暮らした。

 

「喧嘩の理由はいろいろ。約束の時間を守らない人が多いですからね(笑)。知りもしないことを、さも知ってるように言ってみたり。約束を破ろうが、嘘がばれようが、『ごめんなさい』なんて言わない。『ノープロブレム』と、笑ってるだけ。もう毎日、腹が立って。頭の血管が、いずれ本当にブチッと切れちゃうんじゃないかと心配になるぐらい怒りまくってました」

 

しかしトラブルの数々を振り返る山田さんの顔は、どこかうれしそうにも見える。

 

「怒り狂いながら、楽しむことも覚えました。それに私自身、忍耐強くもなりました。なんだかんだ言いながら、私はインドに深く感謝しているんです。遠慮を美徳とする日本と違い、インドは赤裸々な、人間のむき出しの本音がぶつかり合う国なんです。毎日、そこらじゅうで、いい大人が本気で口論しています」

 

そんなインドで長く生活しているうちに、そのすべてが自分の人生を見つめ考えるチャンスなんだと悟るようになったと山田さんは言う。

 

「インドでは生活すべてが修業。滝に打たれる必要なんてない。だから、毎日腹立ちながらも、こんな国ってほかにないな、と感謝の気持ちが湧いてくるんですよ。彼らの『ノープロブレム』も、『お互いさま』というニュアンスがあるように思います。私もいつのまにか使うようになりました。失敗してしまっても、くよくよ悩まずにすむんです」

 

近代的なIITハイデラバード校キャンパスのなか、あふれんばかりの学生でにぎわう教室。大勢のインド人学生を前に、流暢な英語で講義を行う山田さん。講義中には時折、学生たちが大爆笑する場面も見受けられた。

 

「インドでは学生との距離が遠いというか、ジョークなんか一切言わない厳格な教授が多いようです。だから、私が冗談を言うと、学生たちは『え、笑っていいんですか?』って感じ(笑)。もちろん、ノープロブレムです」

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