昨年発表された厚生労働省の調査結果によると、日本人の平均寿命は女性が約87.14歳、男性が約80.98歳で過去最高を更新した。
だが、一方で、健康な日常生活を送れる期間を示す平均健康寿命は、女性が約75歳、男性が約72歳と、平均寿命より10年前後も短い。つまり、多くの高齢者が約10年もの間、医療や介護を必要としながら暮らしているのだ。
そういった背景もあり、近年では病気を未然に防ぐ予防医学が重要視されてきているが、なかでも「環境要素」という視点が注目を集めているという。これは簡単に言えば、温度や湿度、光、空気といった環境を構成するさまざまな要素のこと。これまで健康に影響を与えると考えられていた運動、食事、メンタルの3つの要素に付加された新しい要素で、「住環境」と密接に関係している。
実際、温度や空気といった住環境を適正に保つことにより健康寿命が延びることは、多くの研究や調査からも明らかになっているという。つまり、毎日多くの時間を過ごす住まいを安全・快適なものにすることが、結果的に健康長寿にもつながるというのだ。
「日本の住宅の歴史は、基本的に地震とともに基準が変わってきています。大きな地震が起こるたびに構造的には強くなっていますが、東日本大震災の際に原発が停止したことで変化が生まれました」
こう語るのは、健康寿命と住まいの関係を特集した建築専門誌『建築知識』の三輪浩之編集長。震災を機に省エネルギー化が提唱され、断熱性能の強化や省エネ機器の導入が一気に進んだという。
「’11年以降、日本の家の性能は、“耐久性”だけでなく、“快適性”の部分でもかなり上がったと思います」(三輪さん・以下同)
とはいえ、震災を機に変化が見えたのは、まだまだ住宅のハードの部分だけだったが、ここ数年、住宅を取り巻く環境はさらに大きく変わりつつあると三輪さんは指摘する。
「世の中にはさまざまな健康法があるのに、衣食住の中で住に関してだけが、これまで着目されませんでした。でも、じつは家の中で起きる事故の件数は交通事故よりもはるかに多い。高齢化による医療費や介護費の増加を考えても、家でどう元気に暮らすかは大きなテーマです。そうした観点から、住宅の性能だけでなく、そこに暮らす人の健康に目が向けられるようになってきたのでしょう」
実際、住宅内の不慮の事故で亡くなる人は、なんと交通事故の約2.6倍。とくに冬場に増加することが厚生労働省の統計で明らかになっている。最近では、急激な温度差によるヒートショックの危険性も広く知られるようになった。
「イギリスやアメリカでは室温の維持が法律で定められているんです。イギリスの健康的な室温は21度とされ、アメリカの場合は州によって異なりますが、ニューヨーク州の賃貸住宅では12.8度以上に維持しなければならないという規定があります。日本の場合、冬は10度以下の寝室で寝起きするのが一般的なので、寒さ対策はほかの先進国に比べてはるかに遅れています」
日当たりのよい縁側のある昔ながらの木造日本家屋は、風通しがよく健康的な住まいの典型と思われてきたが、その分気密性や断熱性は低く冬はとにかく寒い。近年ヒートショックによる事故死が問題視されるようになり、日本家屋=健康的という神話も見直されつつあるようだ。
健康寿命を延ばすには、家の中の問題点を改善する必要があるが、すぐに大掛かりなリフォームをするわけにもいかない。だが、簡単な工夫で住環境を変えていくこともできるという。
たとえば、健康のためには質の高い睡眠をとることが重要だが、時間帯によって適切な明るさや色の照明に替えるだけで生体リズムが整うそうだ。朝は太陽の光で目覚められるようにベッドの配置を変えるのも効果的だという。
また、寝るときは部屋を真っ暗にするよりも、少し光をともしたほうが不安感が薄れるという研究報告もある。フットライトをつければ、深夜にトイレに起きたときの転倒防止にも役立つという。
そして、日常的な家事の動線の中に、積極的に運動を促すような仕組みをつくることもおすすめだそう。
「年をとると、階段を使うのがおっくうなので平屋にしたいという声もありますが、階段の上り下りはちょうどよい強度の運動になります。住まいを“訓練する場所”や“体を鍛える場所”ととらえ、洗濯物を干すためにあえて2階に上がる動線をつくり、積極的に階段を利用する方法も効果的です。日ごろ嫌だと思っていることも健康のためだと思えば取り組む気持ちも変わってくるはずです。住まいの環境を整えることは、メンタルや食事にもよい影響を与えてくれます。日当たりや空気、緑による効果も考えながら、まずは手の届く範囲から改善していくことをおすすめします」