これから迎える人生の後半戦には、新しい「自分らしさ」と出合うための趣味が必要。それは浮き沈みの激しい芸能界を生き抜いてきた大女優でも同じこと。その活躍の陰にあった意外な「趣意」の存在とは。
「私、もともと『興味しんしん性』なんです(笑)。10代後半のころから、お茶やお花など、ほんとにいろんなお稽古事をしてきました。女優デビューは20歳。当時はまだ、俳優や監督の引き抜きを禁じる、映画会社の『五社協定』がかろうじて残っていた時代で、若かった私は、『映画会社の専属俳優』という守られた立場で仕事をしていました」
そう話すのは、女優の丘みつ子さん(70)。その後、五社協定は崩壊し、丘さんは突然、世間にぽんと放り出されることに。「会社に守られていない役者はなんて弱いんだろう」と、思ったという。
「でも、ありがたいことに主演作が続くなど、お仕事はたくさんいただけて。あまりに忙しいので、デビューから1年あまりで、すべての趣味をやめてしまったくらいです。その後、20代半ばになると、覚えなければいけない台本の量が多すぎて、プレッシャーから拒食症に。そのストレスを解消するためにお酒を飲み歩くという、不摂生な生活に変わっていきました」(丘さん・以下同)
転機が訪れたのは27歳ごろ。
「新人といわれる時期もすぎ、守られていない役者がどれだけ弱いか、ということを感じた経験から、『この先、何か自分の中に揺るがないものを持っていないと、中身のない女優になってしまう。それどころか、女優を続けられなくなってしまうかもしれない』と言う不安に襲われたんです。女優以外の世界で何かを身に付けられれば、人として厚みが増すのでは……そう考えてたどりついたのが、ふたたび趣味を始めることだったんですね」
それからは、いろんな趣味に手を出したという。お茶を習っていた経験から懐石料理も習った。体を鍛えれば精神も鍛練されるのでは、とマラソンやトライアスロンにも挑戦。
「そんな中、陶芸に出合ったのが32歳ごろ。きっかけは、お隣に住んでいた陶芸好きの御隠居さんに誘われたこと。これが、私には相性がバッチリ! 表現力がとても重要なことや、努力すればするほどその力が磨かれていくところ、さらには作品が人に見られるところまで、女優業と共通しているところがとてもたくさんあるからかもしれません。また、無心に土と向き合う時間を持てたことも大きいですね。それまでの、仕事に追われ、まるで回し車の中を走り続けるハムスターのような状況から、『自分』を取り戻せたような気がします」
丘さんは、OVER50の趣味についてこう語る。
「もし趣味がなかったら、私は50歳を過ぎても回し車の中を走り続け、感情も感動もないおばさんになっていたかもしれません。あの日危惧したとおり、女優業を続けられていたかも、わかりませんね。読者の皆様は、家庭をしっかり守ってこられた方が多いのでしょう。だとしたら、きっと何をやってもモノにしてしまえるだけの力を持っているはず。みずみずしい感性を失わないためにも、ぜひ、何か打ち込めるものを見つけていただきたいですね」