「ジブリに1年間通い詰め、300時間以上カメラを回し続けました。専用の机ももらえて、自分もジブリのスタッフなんじゃないかと錯覚したことも(笑)。でも撮れば撮るほど、ある種の狂気を感じて……」

 

そう語るのは、現在公開中の映画『夢と狂気の王国』の砂田麻美監督(35)。『夢と狂気の王国』は、宮崎駿監督作品『風立ちぬ』製作の佳境であった昨秋から9月に行われた引退会見までの約1年間を丹念につづり、宮崎駿監督、高畑勲監督、鈴木敏夫プロデューサーというジブリをけん引する“3人の王”の魅力をあますところなく伝えている。

 

砂田監督のもとにジブリのドキュメンタリー企画が舞い込んできたのは昨年夏のこと。彼女は、’11年の秋にがん告知後の実父を描いた映画『エンディングノート』を発表し、数々の新人監督賞を受賞、ドキュメンタリー作品としては異例の興行収入1億円突破を果たしていた。

 

ジブリでの長期密着型の取材は、監督が撮影も兼ねる形で行われた。しかし、一日分で本が一冊できると思うほどの宮崎監督の発言をすべて撮っておきたいという思いと、いい話が始まるたびにテーブルに置かれたカメラを持ち上げて撮影しはじめることへの躊躇とで、何度もせめぎあったという。

 

「一度、宮崎監督に『私、本当はカメラは回したくないんです……』と言ってしまいました。そうしたら『それくらいでちょうどいい』とおっしゃって。本当に穏やかで優しい方でした。そして、『人の内面を映像で描きたいなら、顔のアップばかり撮っていてはダメだ。そこには何も映っていないよ』と」(砂田監督・以下同)

 

ともすれば、ジブリはほのぼのとした平和的な組織に見える。タイトルに『狂気』という言葉をあえて使った理由は何だったのだろう。

 

「狂気というと現場が殺伐として、みんなが怒鳴り合ってストレス満載な状況をイメージするかもしれないですが、真逆なんです。本当にみんな穏やか。だからこそ怖かった。宮崎監督、鈴木さん、高畑監督という常人ではない3人がトライアングルをなしてどこも破綻しないような形でくるくる回っている、そこに狂気を感じました」

 

最後に「宮崎駿とは、ジブリとは何か?」と尋ねると、「答えられたらすごいですよね」と笑いながら、砂田監督はこう続けた。

 

「孤高の芸術家というイメージというのが多かれ少なかれあったと思うんです。でもそういう宮崎さんよりも引退記者会見で『町工場のオヤジ』とご自身がおっしゃっていたように、職人を率いていく工場長のように毎日同じことを繰り返して身を粉にして働いてきた人という印象が強まった。ジブリに1年通って、芸術家集団を見ているというよりは、昭和という時代に第一線で働いてきた男たちの背中を見ているのだと、何度も感じました」

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