■木原は9歳下の三浦を、競技面だけでなく生活面でも支えた
2019年8月、新しいペアが誕生。三浦と木原は、ブルーノ氏が待つカナダへ旅立った。
2人の拠点はトロント郊外のオークビル。木原はアパートに住み、高校生だった三浦はホームステイ。朝8時に始まる練習へ向かうときは、木原が車で迎えに行く。それが、2人の日常になった。
カナダに渡った2人について、多くのメダリストをサポートしたトロント在住のマッサージセラピスト、青嶋正さん(62)が語る。
「木原君は、ほとんど引退を覚悟していたところからのスタート。いろいろな所を痛めていました。マイナスからの出発でしたが『璃来ちゃんと出会って、もう一回、挑戦したいんです』と話していました。内側から本当に伝わってくる言葉でした。ラッシュアワーだと自宅から2時間かかる診療所まで毎日のように通ってきました」
一方で、三浦の気持ちは最初から木原と同じ熱量に達していたわけではない。青嶋さんは振り返る。
「璃来ちゃんはまだ10代で、最初はコンディショニングの必要性をそこまで感じていませんでした。木原君が施術を受けている横で、『マリオカート』をしていました。でも、ペアでは片方の不調がもう片方に直結する。たとえば、璃来ちゃんの軸が乱れると、木原君の体に負担が来るんです。本当は毎日、施術に来てほしい。セルフケアの大切さを2人で理解し、2人で対応できるようにする必要がありました」
背水の陣で臨んでいた木原は、9歳下の三浦を、競技面だけでなく生活面でも支えた。
「振付の指導を受けるために、モントリオールまで来てほしいと言われて、木原君は、オークビルから片道7時間、雪嵐の中を何度も往復していました。スケートばかりではストレスもたまると、璃来ちゃんの洋服や化粧品の買い物にも木原君がつきあってあげていました。また夕方の施術のときは、木原君が璃来ちゃんの分の弁当も作って持ってきていた。つねに木原君が『次はここ行くからね』『忘れ物はない?』とあれこれと世話を焼いていました」(青嶋さん)
責任感の強い木原が、三浦を牽引していく。ペア結成からわずか3カ月後に臨んだNHK杯では5位に入った。
木原に引っ張られるようにして、三浦の意識も少しずつ変わっていった。青嶋さんは続ける。
「璃来ちゃんも、セルフケアを意識するようになりました。セルフケアとは、自分でマッサージをすることではありません。自分の体や心の問題点を理解し、自分である程度対応できるレベルに達すること。璃来ちゃんもマッサージを受けることも練習の一つと捉えるようになったし、自分でマッサージできないところのケアや試合前に体を温めるために『貼るお灸』を使うようになりました」
本田さんが語る。
「前のパートナーと組んでいた時期は、短期間でも海外に行くと、ホームシックのようになって2?3日置きに愚痴のような電話が来ることがありました。でも龍一と組んでからはなくなりました。海外生活の経験がある龍一が生活面でも彼女を支えていたのでしょう」
2022年の北京五輪では、結成3年で団体戦の銀メダルに貢献。個人戦でも7位に入り、日本ペアの最高順位を更新。
さらに翌年の世界選手権では、金メダルを獲得するまでに成長していく。
そしてミラノ・コルティナ冬季オリンピックではショートプログラムでの失敗を乗り越え、見事、金メダルに輝いたのだった。
画像ページ >【写真あり】シングル時代の木原。17歳のときに挑んだ’09年11月の全日本ジュニア男子フリーの演技。総合で8位に入った(他3枚)
