宇山一朗先生(藤田保健衛生大学)
「診断技術や治療法の進歩により、近年、がん医療に大きな変化が訪れています。それとともに“がんの名医”という基準も変わってきています」
そう語るのは、東京医科歯科大学特任講師で医療ジャーナリストの宇山恵子さん。2人に1人がかかるといわれる“身近な”病気であるがん。これまで高額だった治療もより“身近”になってきている。
「4月から、公的医療保険で受けられるがん治療の選択肢が拡大。それまで自己負担で200万円ほどだったロボット支援手術は、保険適用のがんの種類が増え、胃がんや直腸がんなども対象に。10万〜50万円で手術が受けられるようになりました。また、放射線治療でも富裕層向けといわれていた最新治療法が保険適用に。高額だった治療に、手が届くようになっているのです」
名医にはどんな変化が?
「技量や実績が申し分ないことは当然ですが、患者への対応がやさしくて、物腰がやわらかいことが最近の特徴。説明がわかりやすくて質問にもすぐに答えてくれる。自分よりも患者さん第一という姿勢を崩さない人たちです」
そんな“がん新時代”。宇山さんが「名医と呼ぶにふさわしい」と判断した医師に、最前線の“治療現場”を伺った。
【胃がん】宇山一朗先生・藤田保健衛生大学
「私が医師になった’85年ごろは、“大きく切開して、体のすみずみまで診る”外科医が優秀とされ、出血量が多くても、短時間で手術が済めば名医と呼ばれていた時代。体に小さな穴を開けて行う胃がん手術など、非常識だといわれていました」
こう話すのは、胃がん治療の名医である、藤田保健衛生大学医学部教授の宇山一朗先生。4月から胃がんが保険適用の対象になった最先端の手術支援ロボット「ダビンチ」。宇山先生がこのロボット手術を行うようになってから10年になるという。
「早期の胃がんの場合、一般的には『開腹手術』か『腹腔鏡手術』でがんを切除します。患者さんに負担がかからない『腹腔鏡手術』は、“手首を固定したまま歯を磨くような”難しい操作が難点。長い器具を使うために先端にブレが生じ、がん部位以外に触れたりすることで“局所合併症”を起こしやすくなるのです。その欠点を補完してくれるのが『ダビンチ』です」
腹部にカメラ付きのロボットアームを入れて、医師が遠隔操作で行う術法は画期的だったという。
「『ダビンチ手術』には、医師の手首の動きを凌駕するほどの操作性があります。手ぶれ機能もついているため、合併症になる可能性も減りました。さらに高倍率3D画像なので手術する箇所がよく見えるのが特徴です」
胃がんの「ダビンチ手術」の執刀医として、全国トップの症例数をこなしている宇山先生だが、日本初の「腹腔鏡手術」で胃の全摘手術に成功し、王貞治(ソフトバンク球団会長)の胃がん手術を手がけた、まさにスペシャリストでもある。
「私は、ただの外科医です。『腹腔鏡』が出てきたときは、小さな穴を開けるだけなので術後の回復が早いことから『もっとひろめるべき術式だ』という信念がありました。『ダビンチ手術』も人間の手で難しいところがあれば、ロボットを使えばいいという発想です。新しい技術を導入して、手術スキルを上げる。そんな最良の医療を患者さんに提供するのが責務だと考えています」
宇山先生は、大学内に「ダビンチ手術」のトレーニングセンターを設置。全国から集まる若い医師たちにロボット手術の指導もしている。
「『ダビンチ手術』はまだ普及の過渡期ですが、日本の外科医は優秀なので、いずれは地域格差もなくなり、安全な手術が全国どこでも受けられるようになるでしょう。しかし、どんな最先端の技術でも“道具のひとつ”でしかありません。技術が進化するほど、逆に扱う医師の人間性が求められます。優しいとか性格がいいとかではなく、目の前の患者さんをどう治すかに真剣に取り組んでいるかどうか。私は、その思いが日本の医療を変えると信じているのです」