リーマンショックを超える経済損失があるとも言われている“コロナショック”。すでに日本各地でも、休業や破産を報告する企業や店舗も出始めている。そんな先行きの見えない時代、人々のセーフティネットとなるのが社会保険制度だ。その重要性について、経済ジャーナリストの荻原博子さんはこう語る。
「公的医療保険制度がないアメリカでは病気になっても診てもらえない人がたくさんいますが、日本には国民皆保険があります。オバマ前大統領が国民皆保険制度の導入を目指しましたが、トランプ政権になったことで実現に至っていません。ですので、この制度はこれからも守っていかなければならないですし、コロナ禍によって重要性を再認識した人も多いでしょう」
そんななか、老後の支えとなる社会保険制度に変化が訪れようとしている。年金制度改正法案が4月から衆議院で審議入りし、厚生年金などの適用条件が拡大される見通しなのだ。今回の改正案の内容についてはこちらが詳しいが、改正後の適用要件は以下の通りだ。
・常時従業員101人以上※の企業に勤務していること
・週の所定労働時間が20時間以上であること
・月額の賃金が8.8万円以上(年収換算で106万円以上)であること
・学生でないこと
・雇用期間が2か月以上見込まれること
※:2022年10月から。24年10月には51人以上の企業に条件が拡大される。
この改正によって、24年10月には約70万人のパートなど短時間労働者が厚生年金や健康保険に新たに加入できることになると言われている(厚生労働省調べ)。社会保険加入のメリットについて社労士の石田周平さんはこう語る。
「社会保険に加入するメリットを考えると、まず将来、老後にもらえる“年金額が増加”します。そのうえ、“会社が保険料を半分支払って”くれます。ですので、加入後に保険料が差し引かれて手取りが減る部分は、将来的に取り戻せる可能性があります。また社会保険加入の場合の手厚い給付としては、『障害厚生年金』や『遺族厚生年金』もあります。病気やケガによって生活や仕事などが制限されるようになった場合、障害年金が給付されます。国民年金では障害等級が1、2級しかありませんが、厚生年金は1、2級と更に3級と障害手当金の厚生年金独自の障害給付があります。また、傷病手当金や出産手当金などの医療保障の給付も充実します。傷病手当金は健康保険加入者本人が新型コロナなど傷病で働けなくなった状態で、給与の支払いがないときなどに給付されます」
しかし今回の改正で適用拡大が実現しても、125万人の労働者が適用されることになる“企業規模要件撤廃”(=適用従業員数に上限を設けないこと)には程遠い。また日本には社会保険が適用されていない労働者は1,000万人以上いると見られており、課題も依然多い。改正法案が抱える問題点を、石田さんはこう指摘する。
「2024年10月の段階で、新たに『70万人が適用される見込み』だと聞くと、かなり多くの人が適用の対象となるという印象があります。しかし、“約1千万人もの労働者が適用されていない”という実態からすれば、これでも不十分なんです。厚生年金は企業と労働者が折半する形でほぼ確実に保険料を徴収することができるので、国としては要件を撤廃したいところでしょう。ですが、適用拡大の影響の大きさが業種によって違ってくるんです。パート従業員の比率が高い、小売業、サービス業などは、改正によって会社の負担が大きくなります。国としては、該当する各業界の経営側の声も『よく聞きながら、徐々に』というのが現状なんです」
また、個人事業主のもとで働く労働者にとっても、今回の改正は他人事ではない。もともと個人事業所は、常時5人以上の従業員がいる場合、法律で定めた16業種のみが社会保険の強制適用とされてきたが、今回の改正で弁護士や税理士といった“士業”も新たにそこに加わることとなる。しかし、クリーニングや理美容、飲食サービスといった様々な業種の個人事業所には未だ適用されず、社会保険に加入することができない。ここも大きな課題の一つだ。
「個人事業所(5人以上)の適用対象に10の士業だけが追加され、他の非適用業種が取り残されていることは、その従業員の側からすると『理不尽だ』という印象を持つことでしょう。従業員の2分の1以上が同意して、厚生労働大臣の認可を受ければ適用対象にすることもできます。事業主の社会保険料負担は大きいが、従業員の労働意欲を向上させる効果は絶大です。今後、社会保険の重要性への理解が拡大されていき、そうした形で適用が増えてくることを期待します」(石田さん)
最後に、石田さんは今後の社会保険制度について希望を寄せた。
「今後は、すべての世代が安心して働くことができ、老後により安定した生活をおくるために、『所得に応じて社会保険料を決める制度』にしていくべきだと思います。いまは国民年金だけの加入の個人事業主も含めて、『働く人すべてが加入できる社会保険制度』を設計すべきだと思います。つまり“1億総社会保険加入”になっていくのがいいでしょう」
コロナ禍によって不安が高まる日本。すべての働く人が安心して暮らすことのできる社会保険制度になっていくことを期待したい。
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