「銭湯って、シンプルに気持ち良い。あと地方でも東京でも、その町の特色が凝縮されているんですよ。だから面白くて好きなんですよね」
こう言って笑うのは、東京都北区にある銭湯「十條湯」の新店長・湊研雄さん(28)だ。これまで全国で数百軒の銭湯を訪れてきたという研雄さん。若き番頭の挑戦が今、銭湯業界を賑わせている――。
京都府にある「サウナの梅湯」を始め、町の銭湯再生を行う「ゆとなみ社」。兄の湊三次郎さん(30)が社長で滋賀県の「都湯」と「容輝湯」、京都府の「源湯」と4軒を事業継承してきた。
今回の「十條湯」は「ゆとなみ社」にとって初の東京進出で、コンサルのような形。研雄さんは今年8月から「店長」に昇格。「ゆとなみ社」の出向社員として、なんと“住み込み”で働いているという。
令和の時代に、いったいなぜ? そこには銭湯業界の直面する厳しい現実があった。昭和40年代には東京都内に2,600件以上もあったという銭湯。しかし経営者の高齢化などを理由に、その数は今やおよそ500件まで減少。実に5分の1以下に落ち込むほど衰退しているのだ。
「銭湯が廃業していく大きな原因に、経営者の高齢化があります。十条駅周辺も、最盛期は10軒ほどの銭湯があったそうです。しかし、今ではこの十條湯だけになってしまいました」
埼玉県川口市にある「喜楽湯」で4年間働いていたという研雄さん。そのときから客として「十條湯」に通っていたという。
次第に、ご主人や奥さんと会話をする仲に。すると、70歳を超えるご夫妻もまた「体力的に営業を続けていくことが厳しい」と悩みを抱えていることがわかってきた。
「銭湯って、基本的にほとんど休まず営業していますよね。でも『十條湯』は週3日ほど休むようになっていました。すごくいい銭湯なので、このまま無くなってほしくない。だから『お風呂掃除させてもらってもいいですか?』と申し出て、手伝うことになりました」
そして今年1月に「喜楽湯」をやめることになり、研雄さんは本格的に「十條湯」で働くことになった。
「『十條湯』は脱衣所に中2階があって、サウナ利用者専用の休憩スペースがあるんです。また喫茶スペースも併設されているなど、かなり珍しい銭湯です。ポテンシャルも高く『東京でテッペン取れるんじゃないか』と思うほどの魅力を感じました。だから『本格的にお店を手伝うので居候させてください』とお願いしました」
湊さんの真っ直ぐな思いが伝わったことで、「十條湯」の一員として迎えられることに。だが新たな生活が始まった途端、新型コロナウイルスに直面。通常だと気持ちが滅入ってしまうところだが、むしろ「十條湯を残したい」という気持ちが強くなったという。
自粛期間が明けると、来客数を増やために様々な工夫を始めた。Twitterで店の情報や、毎日の混雑具合をアナウンス。結果、これまでとは違った客層を呼び込むことに成功した。
また水曜日限定で、サウナ内に白樺の束「ヴィヒタ」を導入。さらに備え付けの濃縮スプレーを吹きかけることで、森のような香りが楽しめる。そんな銭湯サウナとは思えない本格的な試みが話題なり、水曜日は週末以上のサウナ利用者が訪れるようになった。
「サウナ料金も見直すことにしました。まずは、店を認知してもらうことが大切ですからね。これまでは入浴料が470円でサウナはプラス400円でしたが、それを思い切って半額の200円に値下げすることにしました。
あと十條湯の水風呂は地下120mからくみ上げているのですが、お客さんから『他の水風呂とは全然違う』『ものすごくなめらかで気持ちいい』といった声をいただいています。その理由を確かめるためにも、本格的に水質調査をしてみたいと思っています」
次々と新たな取り組みを行ういっぽう、共同経営の難しさに直面することもある。
「何十年も同じ形で経営してきたわけですから、いきなり変えられないこともあります。年齢が離れているので、価値観が違うこともあります。そんななかで僕がいろんなことを突っ走って進めてしまうと、絶対うまくいきません。でも逆にこれを乗り越えられれば、自信になるはず。だから日々反省しつつも、丁寧に周囲とコミュニケーションを取っていきたいと思っています」
日本から銭湯を消さないために。研雄さんの闘いは、まだ始まったばかりだ――。