ある研究で、歩行速度が遅いと脳が萎縮することがわかった。「まだ歩けているから」といって安心は禁物。脳の老化を救うのは、誰もが知る“あのサンバ”のリズムで――。
人生100年時代、「寝たきり」を防いで長生きするためには「フレイル」の予防が必須といわれている。「フレイル」とは健康な状態と要介護状態の間のことで、「身体」「社交性」「こころ/認知」の3つの観点で測られる。
その診断基準の一つになっているのが「歩行速度」だ。
健康によいとされる歩行習慣だけでなく、「歩く速度」が重要であることが、近年の研究でわかっている。
米国ピッツバーグ大学老年医学部門が、65歳以上の男女・約35,000人について行った調査によれば、歩行速度と寿命には大きな関係があるという。歩く速さは人それぞれのペースがあるが、この調査では、秒速1.6mで歩行する人の平均寿命は95歳以上だった。
一般的な横断歩道を青信号のうちに渡りきれるスピードが、およそ秒速1.0m。
しかし、それよりも歩く速度の遅い人は、秒速0.8mで約80歳、秒速0.2mで約74歳と、平均寿命が大幅に短くなっている。
フレイルの診断もこの速さ(秒速1.0m)を基準にされており、青信号のうちに横断歩道を渡りきれない人は要注意だといえる。
「別の研究では、歩く速度が遅い人が、速く歩く人よりも脳が萎縮していることがわかりました。記憶をつかさどる『海馬』も同様に、歩くのが遅い人のほうが萎縮しやすい傾向にあると判明しています」
こう説明するのは、下北沢病院理事長の久道勝也先生だ。歩行速度が遅いとなぜ脳を萎縮させてしまうのだろうか。
「まず、二足歩行の人間は、四足歩行の動物よりも、常に不安定な状態で歩いています。たとえば一歩歩くだけでも、
(1)足裏の皮膚が地面の感覚を察知して、地面の状態を情報として脳に送る
(2)その情報に合わせて、次の一歩を踏み出す前に地面の状態を予測し、体勢を整える
(3)実際に足の裏が地面につくと、足裏の情報をもとに全身のバランスを取って筋肉を動かす
という流れがあります」
何げない歩行でも、脳、足の裏、全身の筋肉と、目まぐるしい情報伝達が行われているとは驚きだ。
「外を歩くときには、『突然人が飛び出してくる』といったような、周りの状況にも対応する必要があります。絶えず変化する視覚情報や、皮膚から得られる体感情報の刺激が脳に入ることにより、歩行時には認知機能も忙しく働いているのです」(久道先生、以下同)
さらに30~55歳の女性13,535人を対象としたハーバード大学の研究によれば、歩行速度が速い人ほど、がん、糖尿病、心臓疾患、脳疾患などの大病にかからず、健康寿命が長かったという結果も出ている。
「速く歩けるほど、脳と体の情報伝達や認知機能が活発化します。脳の萎縮も防ぎ、血流もアップしますので、健康寿命を延ばすうえでもとても重要です」
今回、脳の老化を防ぐ歩き方のコツを久道先生に教えてもらった。ポイントをまとめているのでぜひ参考にしてほしい。
「速く歩くためのコツは“力と柔らかさ”です。 1つ目の“力”とは、歩くのに必要な筋力の維持のこと。お尻や太ももの筋肉をスクワットで鍛えたり、かかとを上げ下げして、ふくらはぎを鍛えることで維持できます。
2つ目の“柔らかさ”とは、ズバリ、アキレス腱の柔軟性のこと。アキレス腱は加齢とともに硬くなるので、歩く際にすねが前に倒れづらくなり、外反母趾、足底腱膜炎などさまざまなトラブルのもとになります。
『アキレス腱伸ばし』もぜひ習慣づけてください」
歩くときは、足の回転を速めてリズムよく歩くことを意識しよう。
「大股で早歩きをすると膝を痛めやすくなります。高齢者では転倒の原因になることも。歩幅を大きくするのではなく、足の回転を上げることがポイントです。体に負荷をかけすぎず、歩くスピードを速めることができます」
実際に記者が早歩きをしてみたところ、テンポのいいリズムの音楽に合わせて歩くと、足の回転を速めやすいことに気付いた。おすすめなのは、誰もが知る『マツケンサンバ』のリズム。
健康寿命達成率が大きく上がるとされている、時速4.8km(秒速1.3m)のやや速いペースを意識でき、軽快な足取りで歩くことができた。
「足のアーチや内在筋を鍛えれば、さらにスムーズな歩行が可能に。土台がしっかりとしていれば、歩く速度も自然と上がります。
足は健康状態をよく映すパーツです。トラブルがあれば専門医に相談してください。当院でも、足の健康状態を多角的に把握することができる〈足の見えるか検診〉を実施しています」
気温が下がり散歩のしやすい秋。くれぐれもケガには注意して、無理のない早歩きを。
歩くスピードを意識した「マツケン散歩」で健康寿命を延ばそう!