’65年石川県金沢市で3姉妹の長女として生まれた井上あずみさん。小学生のころから、地元の「のど自慢大会」で何度も入賞(撮影:高野広美) 画像を見る

【前編】『となりのトトロ』の歌手・井上あずみさん(60)脳出血を乗り越え、固くなった夫妻の絆から続く

 

東京都心で猛暑日となった2025年8月6日の夕刻、ライブハウス・六本木バードランドには50人以上の観客が詰めかけていた。

 

歌手の松原凜子さん(33)と同じく歌手で教え子の今尾侑夕さん(21)の師弟ユニット「りんことゆうゆ」第2回コンサートである。

 

ポップス、オペラ、ミュージカルと多彩な楽曲で大いに盛り上がったステージは、最終曲が終わっても観客の拍手が鳴りやまない。

 

再び登壇した侑夕さんが「アンコールありがとうございます!」と言って客席奥に目配せした。

 

すると男性スタッフの介助で、車いすの女性がステージ上へ。

 

「私の母です!」

 

侑夕さんに紹介されたその女性は、歌手の井上あずみさん(60)。

 

1983年歌手デビュー。宮𥔎駿監督のアニメーション映画『天空の城ラピュタ』(1986年)のエンディングテーマ『君をのせて』の歌唱に抜擢され、注目される。

 

続く1988年の『となりのトトロ』と、同名映画のオープニングテーマ『さんぽ』のスーパーヒットで、広く日本中に認知された。

 

「今日はご来場、本当にありがとうございます。最後に『となりのトトロ』を、みなさんでご一緒に歌いましょう!」

 

左手を若緑のロングトップスの膝上に置いた彼女は、マイクを握った右手と上体を揺らしながら、あのメロディを高らかに響かせる。

 

侑夕さん、松原さんと観客が、うるわしいリードに声を重ねた。

 

これらの名曲は特に平成以降に全国の幼稚園や学校で歌われてきた。“すべての少年少女があずみさんの歌を聴いて育った”といっても、過言ではないだろう。

 

あずみさんは「海外のファンは、さらに熱狂的です」とこう話す。

 

「2015年のパリジャパンエキスポでは3千人以上を前に登壇しました。私が歌い始めると、客席の後方からファンがドーッと押し寄せて『トトロ』を大合唱してくれたんです。私の“人生最高の瞬間”でした」

 

私生活では、マネージャーだった今尾公祐さん(56)と1999年に結婚。長女・侑夕さんが7歳でステージデビューして以後は、“母娘デュオ”としても活動してきた。

 

そんな幸せな3人家族が突然のアクシデントに見舞われたのは、2023年8月26日のこと。

 

記念すべきデビュー40周年コンサート当日、あずみさんが脳出血で倒れたのだ。そして左半身まひの後遺症が残った。

 

その左手を、右手でマッサージしながら、あずみさんが言う。

 

「脳出血は、私にとっての試練だったと思っています。人生って、すんなりいかないものですね……」

 

2024年11月には車いすでステージ復帰。自分の足で立ち上がって歌うのが、いまの最大の目標だ。

 

身体障害者手帳2級、要介護4と認定されているあずみさんは、夫や娘に励まされ、リハビリにいそしむ日々を送っていた。

 

次ページ >ステージで立つことの勇気が踏み出せない。まだ歩けない、それでも一歩踏み出す勇気を

【関連画像】

関連カテゴリー: