ブログで公開した自宅の畳に広げた200万円 画像を見る

「昨年60歳になり、20年前に億万長者になってからも勤め続けていた会社を定年退職。会社員という縛りから解き放たれたのをきっかけに、世間に顔を出してもいいかなと思うようになりました」

 

と、おだやかな口調で話し始めた久慈六郎さん。この名前はロト6の1等を当てた2005年に当せん体験をブログに綴り始めたときにつけたものだ。

 

「愛知県の社員数わずか8人の小さな設計会社に勤める月給27万円の一人暮らしの独身。それが当時の私でした。2005年1月13日の夜、いつものように残業を終え、6畳1間のアパートに帰宅。部屋のパソコンに電源を入れ、その日抽せんのロト6の当せん番号をチェックしたとたん、私の人生のすべてがひっくり返ったんです」

 

久慈さんは自分の手元にあるくじと当せん数字を何度も見返した。

 

「08・27・30・31・38・42」。すべて一致している。1等の3億2千38万円(以下38万円は省略)に当せんしていたのだ。

 

「今思うと滑稽ですが、パソコンの表示が信用できず、新聞の朝刊がくるまで一睡もできませんでした。本当に当たっていたら、人生どうなるんだろう。会社は辞める? 家を買う? そんなことをしたらみんなに怪しまれる? 妄想が頭を渦巻いているうちに、早朝になり、部屋のポストに新聞が投げ込まれる音がしました。玄関に駆けよって、新聞を引き抜き、息をのみながら、震える手で紙面を開き、ロト6の1等当せん番号を見つけると、そこに並んでいた数字は手元にあるくじの数字とぴったり一致。このとき私は正真正銘、億万長者になっていたのです」

 

この日から久慈さんの劇的な人生が幕を開けた。

 

「1月下旬に地元のみずほ銀行にくじを持参。銀行内で、当せんくじの真偽の確認が済み、2月上旬、銀行の応接室で3億2千万円が印字された真新しい通帳が手渡されました。とはいっても実際はボロアパートで湿った万年床の暮らしに変化はなく、億万長者の実感は程遠いもの。そこでブログに当せん体験を綴ることで、心のバランスをとることにしたんです」

 

するとブログには「作り話」などのコメントが殺到。それに耐えかねて久慈さんはとりあえず当せん金の口座には手をつけず、これまでこつこつ貯めていた生活費の貯金からATMで一気に200万円を下ろし、それを自宅の畳に広げ、ブログにアップした。これがバズり、久慈さんは全国から注目を集める存在になっていく。

 

「この200万円を持って名古屋市内の時計店に行き、ロレックスの腕時計(330万円・足りない分はクレジットカード支払い)を購入しました。翌日、会社にしていくとさっそく同僚から『どうしてそんな高い時計を?』と聞かれ『コピー商品だよ』とあわててごまかしましたよ(笑)」

 

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