難病で骨が溶けるような痛みが24時間365日…「かっこいいママ」を目指した車いすのネイリスト
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■看護師を目指すも、いじめが遠因で挫折。2度の結婚をしたが夫のDVで離婚した

 

有本さんは82年、鉄道マンの父と、専業主婦の母の長女として、神奈川県横浜市に生まれた。

 

「小学生まではわりと活発で、こう見えて足が速かったんですよ。ただ、一方で病気がちな面もあって。熱が出たりぜんそく気味になったりと、幼いころからよく、病院のお世話になっていました」

 

小学校5年生のとき。虫垂炎で入院した病院で、看護師にとても優しく接してもらったことから「将来は看護師になる」と心に誓ったというが……。

 

「高校時代、看護学校受験のための塾まで通わせてもらっていたのに、受験前に挫折してしまって」

 

遠因は、中学時代にあった。

 

「中学1年から、いじめにあいました。登校すると上履きが隠され、あとでゴミ箱から見つかるなんてことが毎日のようにあり、廊下ですれ違うと『死ね!』って言われたり。つらくて自傷行為を繰り返してました。以来、人間関係がうまくいかないと、死にたくなったり、逃げ出したくなってしまうようになってしまいました」

 

看護学校受験を諦めたのも、塾の講師が軽々に発した「今のままじゃ無理」という一言がきっかけだった。「ポキッと心が折れてしまった」という。

 

高校卒業後、専門学校に進むも、ここでも苦手な人間関係に悩み、早々に中退。うつ病になり、自宅にひきこもるようになった。

 

「親に当たり散らしてました。行動を制御できず、取っ組み合いをして、父親のシャツをビリビリに破いてしまったことも。抗うつ薬を服用し暴れなくはなりましたが、頭がボーっとなって、何も考えられないような状態でした」

 

ここで、驚きの転機が訪れる。

 

「02年、20歳で最初の結婚をしました。相手は、高校卒業前からお付き合いしていたバイト先で知り合った1歳上の男性です。それで、21歳で長男を授かりました」

 

有本さんが「最初の」と話したのには理由がある。じつは、現在の夫と巡り合う以前、有本さんは2度の結婚と離婚を経験しているのだ。結婚生活が破綻した理由は、どちらも元夫のDVだった。

 

「最初の夫は結婚後、しばらくたったころから暴力が始まり、それがエスカレートして、最終的には私が骨折させられるほどひどくなって。それで離婚して働き始めた職場の人に紹介されたのが2人目の夫。とにかくケンカっ早い人で、2人の娘が生まれると、私の連れ子だった長男が疎ましくなったのか、彼に手を上げるようになりました。それで12年、2度目の離婚に踏み切ったんです」

 

離婚後、障がい者の自立を支援する地元の作業所に就職。かつては看護師を志し、常日ごろ「誰かの助けになりたい」と考えていた有本さんにはうってつけの職場だった。こうして、3人の子どもとの新生活をスタートさせた矢先、有本さんの体に異変が生じ始めた。

 

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