「お客さんの笑顔を見るのが一番うれしいんです」と有本さん 画像を見る

「この緑のは人工芝の欠片。こっちの丸いのはペレットと呼ばれてるもので、プラスチック製品の材料になるもの。ほんの数分で、ほら、こんなに拾えちゃうんです」

 

神奈川県茅ヶ崎市。この日のヘッドランドビーチには、晩秋とは思えない暖かな、午後の日差しが降り注いでいた。女性は砂浜にペタンとお尻を落とし、両手で目の前の砂を黙々とかき続けている。やがて集めた砂をふるいにかけると赤、白、緑、青、黄と、色とりどりの細かなプラスチック片が現れてーー。

 

「これが、問題の海洋プラスチックごみです。とくにこういった小さな破片はマイクロプラスチックと呼ばれ、生態系や自然環境を脅かすと考えられています」

 

この女性は有本奈緒美さん(40)。茅ヶ崎でネイルサロンを営んでいる彼女は、拾い集めた海洋プラスチックを材料にした、アクセサリー製作を考案。もとはゴミだったとは想像もできない、美しいイヤリングやネイルチップを自ら手作業で製作し、販売もしている。いっぽうで有本さん、国内の患者数3000人ほどという難病「HTLV―1関連脊髄症」を患い、両足を自由に動かすことができない。現在は、車いす生活を送っている。

 

「下肢が自分の意思とは関係なく突っ張ってしまう、拘縮という症状がどんどん進んでしまって。発症当初はまだ、杖を使って歩くこともできていましたが、どんどん足がもつれ、自分の足に躓くようになったんです。14年、正式な診断が下ったころからは、車いすが手放せなくなりました」

 

16年には手術を受け、腹部にスマホよりひと回り大きいサイズの機械を埋め込んだ。そこからカテーテルを通し、脊髄に筋弛緩剤を常時注薬し、下肢の拘縮を抑えているのだが、最近になって左腕にも痺れが出てきているという。

 

下肢は、自由に動かせないだけではない。常時、激しい痛みにさらされてもいる。

 

「うまく表現できないんですが、骨が熱で溶けるような、もしくは、何かでえぐられているような、そんな痛みが24時間、365日続いていて。でも、もうこれが私の日常。慣れるしかありませんから」

 

痛みに耐えながら、それでも笑みを浮かべる有本さん。SNSには「やりたいこといっぱい!」とポジティブな言葉がたくさん綴られている。その言葉どおり、彼女は自分と同じ車いすユーザーが気軽に学べる、オンラインスクールを開講。ネイルのスキルはもちろんのこと、自らが考案した海洋プラスチックをアップサイクルするすべを惜しみなく伝えることで、障がいのある人の自立を助けようと試みている。もちろん、彼女の営むバリアフリーのネイルサロンも、多くの車いす女子や障がいのある人に、社会に一歩を踏み出す勇気を与える場になっている。環境保全に障がい者支援を加えた取り組みは注目を集め、彼女は今年「女性起業チャレンジ大賞」の特別賞も受賞した。

 

不自由な暮らし、進行する病いへの不安、そして、やむことのない激痛……、いくつもの苦難を抱えながら、それでも有本さんが前向きでいられるのは、なぜなのか。

 

「誰かの役に立ちたい、そんな思いが昔から強いんです。車いすのお客さんがネイルを施術後、笑顔で帰っていくのを見るのが、本当にうれしいんです」

 

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